選外佳作「ナーハ・ビーハナ 山田吉孝」
「ナーハ・ビーハナ」
私が開発した、花の名前だ。
こんな名前にする予定はなかった。
だがしょうがないだろう。
社長があまりにもこの花を気に入ってしまったのだ。
これはこれでうれしい限りなのだが。
名前ぐらい開発者に付けさせてくれても良いだろうに。
名前の由来なんて、なんということはない。
ただ逆さまにしただけだ。
それも見たままを。
「花火のような花」
「ハナビハナ」(「はなびはな」とひらがなでもよかった)
私の一押しは「花火のような花」から「花火花」読み方を変えて「カビカ」と名付けようと思っていた。
だが悔しいことに、社長がこの花が咲く様子を見たとたん「ナーハ・ビーハナ」と叫んだのだ。
「ハナビハナ」逆さまにしたら「ナハビナハ」のはずだが、そこは少し格好良くしたかったのだろう。
社長の口から出てきた言葉は「ナーハ・ビーハナ」だった。
社長が発音すると、なんとなく格好よさげな花の名前に聞こえるから不思議だ。
もちろん開発者の私はこの花がどんな名前だろうと、可愛くてしょうがないのだが。
私の開発した花は、名前の通りに花が咲くときに花火のように炸裂するのだ。
花火のようにパッと咲くとか、そう言う例えではない。
花が咲くときにつぼみから一気に花が開き、そして花火のように躊躇なく咲いたばかりの花びらをパッと散らすのだ。
その散り方も花びらが一枚一枚舞っていくなんて、優雅な散り方はしなかった。
花火のように本当に一瞬で花が開き、そしてパッと全ての花びらが舞い散るのだ。
その潔いこと。
大事に育てれば、数え切れないほどのつぼみを付け、そのつぼみがいっせいに花を咲かせる。
私の開発した「ナーハ・ビーハナ」の場合花が咲くというよりも、花が炸裂するのだが。
自分で言うのも何だが、花が咲くときのそのすごいこと。
打ち上げ花火のクライマックスを想像して欲しい。
「ナーハ・ビーハナ」のつぼみも連続して花を次々に咲かせるのだ。そしてその花びらをこれでもかと舞い散らすのだ。
一つ、一つは小さな花かもしれなかったが、次々に花が咲き、散る様子は誰が見ても圧巻だろう。
ここは室内なので、花吹雪のように花が舞うということはなかった。
花火のように本当にあっけなく私の作った花は散り終わった。
花が咲いた後の根元には幾重にも花びらが、そこだけ絨毯をひいたように重なって、それもまた美しかった。
「いつ咲くかわからない花を、じっと見ていろっていうの?それもほんの少し目を離したすきに、咲いてしまったらどうなるのよ。散った花びらを見て、ああ良い花だなんて誰か言うと思うの」
社長の奥さんだった。
正確に言うと私の姉だった。
だから私は今までこの会社にいることが出来た。
姉が一度駄目だと言ったら、それは社長でも覆せなかった。
ましてや私が覆せるはずもなかった。
なんとしてでも姉にこの花が咲いたところを生で見せないといけなかった。
だがこの花、今度いつ咲くのだろうか。
短気な姉にもうすぐ咲きそうだから鉢植えの前で待っていてくれと言っても、待てないだろう。
「わかっているわね。この散った花びらを片付けなさいよ。
きれいに。
あなたたちが。
ほら、今すぐにほうきとちりとりを持って」
社長と私はいつものように掃除を始めた。