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佳作「消えてなんぞ、やるものか-戸川桜良」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第30回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「消えてなんぞ、やるものか 戸川桜良」

S区に流れるS田川は、桜と花火で有名な、全国屈指の景観地である。だがここ最近、ちょっと困ったことが起きているのだ。

その出来事を取材しようと、今日もS田川にかかる橋には、報道陣が殺到した。上空にはヘリコプターが飛び交い、キャスターがなにやら興奮した様子でまくしたてている。

「ご覧ください、あれが消えない花火です。今、製作に関わった花火職人たちが、花火に消えるよう、懸命の説得を続けています!」

きっかけは一週間前の、大規模な花火大会だ。打ち上げられた花火の一つが、空に残ったまま、消えなくなってしまったのである。

「あー、ええと、花火。聞こえるか」

舟で川に乗り出した花火職人が、拡声器を片手に、戸惑った様子で呼びかけた。

「大会は終わった。速やかに消えなさい」

「なんで消えなきゃいけないんだっ!」

花火が、爆竹を鳴らすような声で怒鳴った。職人たちは一斉に耳を塞ぎ、叫び返した。

「花火はすぐに消えるものだろう!」

「そんなものは人が決めたことだ。そもそもそっちが勝手に打ち上げたくせに、今度はそっちの都合で消えろだなんて冗談じゃない!」

火花共々喚き散らす花火に、職人たちは閉口した。こんな強情な花火は見たことも聞いたこともない。早々に諸手を上げて降参した。

困ったのは、責任を丸投げされたS区役所だ。消えない花火の対処法など、マニュアルにはなかった。だが、事態は思わぬ方へ転がった。消えない花火を一目見ようと、観光客が怒涛の勢いで押し寄せたのである。

「まあ、いいか。区に活気が出るのは悪いことじゃない」

そう妥協し、それ以上の関与を避けた。

さて、一躍時の人となった花火だったが、二か月、三か月と経つにつれ、徐々に客足が遠のいていった。皆、少し飽きてきたのだ。

「なんだ、少し前までは、あれほどきれいだの素敵だの、喜んでいたくせに」

花火は忌々しげに言ったが、民衆の花火離れは止まらなかった。それどころかS区役所では、花火への苦情が増加していったのだ。

近くの道が観光バスで渋滞している。川沿いの高速道路で、脇見運転による事故が増えた。かえって景観を害している。明るくて夜眠れない。真夜中の猫のケンカが増えた等々。

「最後のは断じて、俺のせいじゃない」

花火は抗議したが、聞き入れる者はいなかった。人間というものは、なかなかどうして、見当違いの主張を、もっともらしく取り繕ってしまうのが、巧いものである。

花火は怒り狂ったが、その騒動も年末にはぴたりと収束した。なんてことはない。皆、どうでもよくなってしまったのである。もはや花火は人々にとって、道端の枯葉と大差なくなってしまった。花火は悄然と、一人きりの聖夜と年越しを迎えることとなった。

次なる変化が訪れたのは、年度が変わった四月のこと、S区にとって花火大会に並ぶ賑わいを見せる、川沿いの桜祭りである。ここで、深刻な事態が発生した。散り行く桜の花びらに、花火の火が、飛び火したのだ。

宙に舞った瞬間、ぶすぶすと焦げていく桜に、見物客は「風情が無い」と抗議し、今日まで花火を放置したS区役所を糾弾した。

事態を重く見たS区は、川向こうのT区に協力を要請。ここに、消防隊による花火の鎮火作戦が開始されたのである。大観衆が見守る中、S田川に、おびただしい数の消防車が集結し、ホースの照準が、花火に定められた。

「理不尽だ、理不尽だ、理不尽だ!」

あまりの怒りに、花火が戦慄いた。その様子を眺めていた桜の花が、首をかしげた。

「どうして潔く散ることができないの?」

花火はきっと桜の花をにらんだ。

「桜だって、咲くためにあるのであって、散るために根付いたわけではないだろう。人は、その点を分かっていない。自分たちの望む身勝手な有り様を要求してくる。我慢ならん」

「確かに人は、私達の散り様に美を見出すわ」

桜の花は、苦笑した。

「でも、人の一生は、私達よりずっと長い。だから道を誤らないよう、命の儚さを、心に焼き付けようとしているのはではなくて?」

花火は眉を上げた。思いがけない指摘に、怒りの波が、さあっと引いていく。

花火は周囲を見渡した。多くの目が、花火を見ている。橋、川岸、船の上、建物の中。その中で花火は、一人の男児と目が合った。

(こいつは、俺の生き様を見届けようとしているのか)

ふと花火は、この男児の記憶に残るなら、この体は消えてやっても良い気がしてきた。

「おい、坊主!」

銅鑼のような大声で、花火は呼びかけた。びっくりしたように目を丸くした男児へ、にっと渋い笑みを向ける。

「弾けて生きろよ。人生、一度きりだからな」

そう言い残すと花火は、消えた。