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『このミステリーがすごい!』大賞

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作家デビュー

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

『このミステリーがすごい!』大賞

今回は、『このミステリーがすごい!』大賞について論じる。第十回受賞作である法坂一広の『弁護士探偵物語 天使の分け前』については、評価がボロクソなので、これについては機会を改めて論じるとして、その前年の大賞受賞作『完全なる首長竜の日』(乾緑郎)と、更にその前々年に優秀賞に終わった『毒殺魔の教室』(塔山郁)を取り上げる。


どっちも「こういう作品を書いて応募してはいけない」という共通点を持っている。


まず『毒殺魔』だが、この回は山下貴光の『屋上ミサイル』と柚月裕子の『臨床真理』がW大賞受賞。しかし、『屋上ミサイル』『臨床真理』と『毒殺魔』を読み比べて見ると、作品自体の出来栄えは『毒殺魔』が最も優れている。それなのに、なぜ『毒殺魔』は大賞を逃し、優秀賞に留まったのか。その理由は、直前に出されて、松たか子主演で映画化されるなど空前のヒット作となった『告白』(湊かなえ)と、あまりにも似ていたからだ。


もちろん、これは盗作疑惑という意味ではない。そのような疑惑があれば、授賞自体が取り消される。根幹のアイディアやモチーフが何となく似通っていた、ということである。


その程度の瑕疵であっても、応募者の創造力・想像力を第一義的に見る新人賞選考では減点材料となり、類似既存作がなければ大賞に届いたであろう作品が、優秀賞とか佳作、あるいは候補作で止まる、ということになりかねない。幸い『毒殺魔』は刊行されたので良かったが、候補に留められて陽の目を見なかったりしたら、目も当てられない。宝島社はヒット作が続いて出て余力があったから良かったが、他の版元の新人賞だったら、候補作が刊行されない可能性は充分にある。佳作受賞で未刊に終わった例も数例ならず、ある。


日本推理作家協会長の東野圭吾氏などは「新人賞を狙うのに〝傾向と対策〟は不要」という考え方だが、そんなことは絶対にない。間違いなく〝傾向と対策〟は、要る。それは〝如何にして既存作とアイディアやモチーフが似通わないようにするか〟ということで、そのためには最近の受賞作や、映像化されるなどして評判になった作品は、余さず読みまくる必要がある。東野氏の〝傾向と対策不要論〟は「既存作を真似るな」という意図だろうと思うが、「既存作に絶対にどこも似ていない」ようにする〝傾向と対策〟は、確実にく必要である。どの程度のアイディアとモチーフの類似性が選考時の減点対象になるかは『告白』と『毒殺魔』を読み比べて、箇条書きに纏めるなどして綿密にチェックしたい。


次に『完全なる首長竜の日』は、なぜNGなのか。この作品は、主人公に女流漫画家を設定している。実は、新人賞応募落選作には、主人公や主要登場人物に小説家、漫画家、編集者などを設定している作品が、意外に多い。そうすると、選考する作家や評論家、編集者に受けると思うのだろうが、実に浅はかで愚かな考え方だと言わざるを得ない。


そういう登場人物設定をすると、受けるどころか、実態から懸け離れた考証的な大間違いをしてシラケさせる場合が、圧倒的多数である。私は、小説家を主人公に設定した、その手の落選作を何本か読んだが、どれも、呆れるほど小説家や編集者の実態がわかっていなかった。新人賞を受賞したとたんにマスコミの脚光を浴びてモテまくり、それまでのドン底生活から、一転して左団扇のセレブ生活になり……といったのが、共通パターン。


応募者本人は、新人賞を受賞して、そういう夢のような生活を送りたく、それで新人賞に応募しているのだろうが、これだけ出版界が不景気だと、そんな、浦島太郎が竜宮城に行くような場面が起きるわけがない。何年も艱難辛苦の末に、ようやく新人賞を射止めたは良いが、鳴かず飛ばずで依頼が入らなくなり、何年か経ったらプータローのアルバイトに身を窶して「夢よ、もう一度」と、せっせと新人賞に再応募し続ける、といった世界のほうが、よほど現実に即している。そういう観点で『首長竜』を読むと、漫画家やアシスタント、編集者などの生態が、実に良く描けている。とうてい想像で書いたとは思えない。


作者の乾緑郎が、かつて漫画家だったか、漫画原作を書いていたか、あるいは身近に、そういう職業の人間がいて、日頃から克明に生活ぶりを観察していたか。そのくらいのリアリティがある。逆に言えば、そのくらい詳細に知っている職業の人間でなければ、主人公や主要登場人物に設定してはいけないのだ。想像だけで大嘘を書くのなら、小説家、評論家、編集者といった選考側の人間が、おそらく全く知らないであろう業種の人間を主人公および主要登場人物に設定することである。

江戸川乱歩賞で遠藤武文の『プリズン・トリック』が受賞した時、交通刑務所の受刑者の日常の描き方が実にリアルで優れている、というのが授賞理由の一つになったのが、私の生徒に全国の刑務所を渡り歩いた前科者がいて「先生、あの作品、刑務所の中が間違いだらけで、シラケました」と言ってきたので、別の意味で感心した。要は、大嘘を書いても選考委員にバレなければ良いのである

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

『このミステリーがすごい!』大賞(2012年5月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

『このミステリーがすごい!』大賞

今回は、『このミステリーがすごい!』大賞について論じる。第十回受賞作である法坂一広の『弁護士探偵物語 天使の分け前』については、評価がボロクソなので、これについては機会を改めて論じるとして、その前年の大賞受賞作『完全なる首長竜の日』(乾緑郎)と、更にその前々年に優秀賞に終わった『毒殺魔の教室』(塔山郁)を取り上げる。


どっちも「こういう作品を書いて応募してはいけない」という共通点を持っている。


まず『毒殺魔』だが、この回は山下貴光の『屋上ミサイル』と柚月裕子の『臨床真理』がW大賞受賞。しかし、『屋上ミサイル』『臨床真理』と『毒殺魔』を読み比べて見ると、作品自体の出来栄えは『毒殺魔』が最も優れている。それなのに、なぜ『毒殺魔』は大賞を逃し、優秀賞に留まったのか。その理由は、直前に出されて、松たか子主演で映画化されるなど空前のヒット作となった『告白』(湊かなえ)と、あまりにも似ていたからだ。


もちろん、これは盗作疑惑という意味ではない。そのような疑惑があれば、授賞自体が取り消される。根幹のアイディアやモチーフが何となく似通っていた、ということである。


その程度の瑕疵であっても、応募者の創造力・想像力を第一義的に見る新人賞選考では減点材料となり、類似既存作がなければ大賞に届いたであろう作品が、優秀賞とか佳作、あるいは候補作で止まる、ということになりかねない。幸い『毒殺魔』は刊行されたので良かったが、候補に留められて陽の目を見なかったりしたら、目も当てられない。宝島社はヒット作が続いて出て余力があったから良かったが、他の版元の新人賞だったら、候補作が刊行されない可能性は充分にある。佳作受賞で未刊に終わった例も数例ならず、ある。


日本推理作家協会長の東野圭吾氏などは「新人賞を狙うのに〝傾向と対策〟は不要」という考え方だが、そんなことは絶対にない。間違いなく〝傾向と対策〟は、要る。それは〝如何にして既存作とアイディアやモチーフが似通わないようにするか〟ということで、そのためには最近の受賞作や、映像化されるなどして評判になった作品は、余さず読みまくる必要がある。東野氏の〝傾向と対策不要論〟は「既存作を真似るな」という意図だろうと思うが、「既存作に絶対にどこも似ていない」ようにする〝傾向と対策〟は、確実にく必要である。どの程度のアイディアとモチーフの類似性が選考時の減点対象になるかは『告白』と『毒殺魔』を読み比べて、箇条書きに纏めるなどして綿密にチェックしたい。


次に『完全なる首長竜の日』は、なぜNGなのか。この作品は、主人公に女流漫画家を設定している。実は、新人賞応募落選作には、主人公や主要登場人物に小説家、漫画家、編集者などを設定している作品が、意外に多い。そうすると、選考する作家や評論家、編集者に受けると思うのだろうが、実に浅はかで愚かな考え方だと言わざるを得ない。


そういう登場人物設定をすると、受けるどころか、実態から懸け離れた考証的な大間違いをしてシラケさせる場合が、圧倒的多数である。私は、小説家を主人公に設定した、その手の落選作を何本か読んだが、どれも、呆れるほど小説家や編集者の実態がわかっていなかった。新人賞を受賞したとたんにマスコミの脚光を浴びてモテまくり、それまでのドン底生活から、一転して左団扇のセレブ生活になり……といったのが、共通パターン。


応募者本人は、新人賞を受賞して、そういう夢のような生活を送りたく、それで新人賞に応募しているのだろうが、これだけ出版界が不景気だと、そんな、浦島太郎が竜宮城に行くような場面が起きるわけがない。何年も艱難辛苦の末に、ようやく新人賞を射止めたは良いが、鳴かず飛ばずで依頼が入らなくなり、何年か経ったらプータローのアルバイトに身を窶して「夢よ、もう一度」と、せっせと新人賞に再応募し続ける、といった世界のほうが、よほど現実に即している。そういう観点で『首長竜』を読むと、漫画家やアシスタント、編集者などの生態が、実に良く描けている。とうてい想像で書いたとは思えない。


作者の乾緑郎が、かつて漫画家だったか、漫画原作を書いていたか、あるいは身近に、そういう職業の人間がいて、日頃から克明に生活ぶりを観察していたか。そのくらいのリアリティがある。逆に言えば、そのくらい詳細に知っている職業の人間でなければ、主人公や主要登場人物に設定してはいけないのだ。想像だけで大嘘を書くのなら、小説家、評論家、編集者といった選考側の人間が、おそらく全く知らないであろう業種の人間を主人公および主要登場人物に設定することである。

江戸川乱歩賞で遠藤武文の『プリズン・トリック』が受賞した時、交通刑務所の受刑者の日常の描き方が実にリアルで優れている、というのが授賞理由の一つになったのが、私の生徒に全国の刑務所を渡り歩いた前科者がいて「先生、あの作品、刑務所の中が間違いだらけで、シラケました」と言ってきたので、別の意味で感心した。要は、大嘘を書いても選考委員にバレなければ良いのである

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。