日本ホラー小説大賞


文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
日本ホラー小説大賞
新人賞選考において選考委員がまず第一義的に見るのが、応募者の創造力・想像力である。これが優れていれば、現在の出版界の構造不況を立て直すほどのメガヒット作品を連発してくれる可能性があるから、そういう新人を発掘するのは選考側の悲願とも言える。
しかし、そんな人物は、現在の文壇を見渡しても片手で数えられるほどの小人数しか存在しないのだから、まあ当講座の読者の中にいる可能性となると、限りなくゼロに近い。
その次に見るのが、応募者の知識である。特定分野に関して極めて詳しい知識を持っていれば、その分野が好きな読者数が多ければ、メガヒットは望めないにしても、そこそこ安定した売れ行きが望めるから、出版社にとっては願ってもない新人ということになる。
例えば、航空機の分野。根強い人気があるのだが、この分野を書ける作家は数少ない。
内田幹樹、高野裕美子といった作家が相次いで亡くなったこともあって、現在では自衛隊ものを得意とする有川浩ぐらいしか、航空機分野を書ける多作作家は思い当たらない。
こう書くと、早合点して「私は、この分野なら誰にも負けません!」と言い出すアマチュアが多いのだが、それは天使と悪魔の話だったり、北欧神話の話だったり、陰陽師の話だったり、SFでは、ロボットやサイボーグ、ヴァーチャル・リアリティの世界だったりする。「この分野は詳しい!」と思えても、そう思っている新人の総数が多ければ、結果的に新人賞応募作にも大量に送られてきて、予備選考担当の下読み選者に「また、似たようなのが来た」と、うんざりさせる(つまり、落とされる)のだからNGである。
その次に多いのが社会問題として頻繁にマスコミに取り上げられる素材。特に老人介護、DV、引き籠もり、虐めなどは、関わっている総人数が多いだけに応募作にも大量にある。よほど詳しく、なおかつ設定やストーリー展開に捻りがなければ一顧だにされない。
第三に見るのが“既存アイディアの組み合わせ”である。一つ一つのアイディアには前例があるのだが、これを組み合わせる手法の妙によって、新鮮味を感じさせる応募作。
“既存アイディアの組み合わせで新鮮味演出”は、プロ作家として文壇で長く生き残るには、必要不可欠なテクニックである。どれほど優れたプロ作家でも、果てしなく“前例のない画期的なアイディア”を連発するのは不可能なのだから、応募時点でこのテクニックを身に着けている応募者は、出版社にとっては得難い人材となる。その観点で取り上げるのが、第十七回日本ホラー小説大賞長編賞受賞作の『バイロケーション』(法条遙)である。
日本ホラー小説大賞は十一月三十日が締切(当日消印有効)で、応募規定は印字原稿の場合は四十字×四十行で三十八枚~百六十三枚(手書きなら四百字詰め原稿用紙百五十枚~六百五十枚)だが、どうしてもホラーとなると、そうそう目新しいアイディアなど出せるものではない。法条遙が『バイロケーション』で採った手法は、大いに参考になるだろう。
ドッペルゲンガーという、ゾンビや幽霊と並んでホラー小説では定番の素材に、ミステリーで二階堂黎人が好んで多用する二人一役トリックを組み合わせたものである。ミステリーにおける二人一役トリックは、双生児だったり、よく似た別人が化粧や変装によって一人の人物になりすますものだが、『バイロケーション』はドッペルゲンガーだから素材的には一卵性双生児の二人一役に近い。
唯一、小粒ながら“新奇のアイディア”と言えないこともないのが「本物も、ドッペルゲンガーも、どっちも“自分のほうが本物だ”と思い込んでいる」点である。法条は、そこを最大限に押し進めて、やはりミステリーでは常套の“叙述トリック”を組み合わせている。どういうことかというと、『バイロケーション』は終始“私”を主人公にした一人称視点で書かれているのだが、その“私”が実は桐村忍と、そのドッペルゲンガーの二人いるという“騙し”を読者に対して仕掛けている。
一人称の単独視点に見えて、実は二人視点の上に、どっちも「私が本物の桐村忍」だと信じ込んで記述している、という設定になっているのだから、よほど細部まで綿密に読み込んで伏線を見つけ出すように心がけていないと、かなり後半に近づくまで仕掛けに気づかないだろう。気楽に読んだら、おそらく最後の最後まで気づかない。このように「本格ミステリーでは使い古された常套トリックを、ホラー小説でも常套的に扱われる素材と組み合わせて新鮮味を出す」は、まだまだ大いに可能性がある手法および素材と言える。
『バイロケーション』を「この“私”は、はて、どっちの忍なんだ?」と分析しながら読み、更に、要領が呑み込めたら、本格ミステリーの密室トリック、アリバイ・トリックなどと組み合わせてみる手法を模索してみると良いだろう。
「ホラー小説大賞に応募したいんだけれど、どうにも目新しいホラーのアイディアがなあ……」と思案投げ首のアマチュアにとっては、意外に斬新な道が開けるはずである。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
---|---|
朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。
文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
日本ホラー小説大賞
新人賞選考において選考委員がまず第一義的に見るのが、応募者の創造力・想像力である。これが優れていれば、現在の出版界の構造不況を立て直すほどのメガヒット作品を連発してくれる可能性があるから、そういう新人を発掘するのは選考側の悲願とも言える。
しかし、そんな人物は、現在の文壇を見渡しても片手で数えられるほどの小人数しか存在しないのだから、まあ当講座の読者の中にいる可能性となると、限りなくゼロに近い。
その次に見るのが、応募者の知識である。特定分野に関して極めて詳しい知識を持っていれば、その分野が好きな読者数が多ければ、メガヒットは望めないにしても、そこそこ安定した売れ行きが望めるから、出版社にとっては願ってもない新人ということになる。
例えば、航空機の分野。根強い人気があるのだが、この分野を書ける作家は数少ない。
内田幹樹、高野裕美子といった作家が相次いで亡くなったこともあって、現在では自衛隊ものを得意とする有川浩ぐらいしか、航空機分野を書ける多作作家は思い当たらない。
こう書くと、早合点して「私は、この分野なら誰にも負けません!」と言い出すアマチュアが多いのだが、それは天使と悪魔の話だったり、北欧神話の話だったり、陰陽師の話だったり、SFでは、ロボットやサイボーグ、ヴァーチャル・リアリティの世界だったりする。「この分野は詳しい!」と思えても、そう思っている新人の総数が多ければ、結果的に新人賞応募作にも大量に送られてきて、予備選考担当の下読み選者に「また、似たようなのが来た」と、うんざりさせる(つまり、落とされる)のだからNGである。
その次に多いのが社会問題として頻繁にマスコミに取り上げられる素材。特に老人介護、DV、引き籠もり、虐めなどは、関わっている総人数が多いだけに応募作にも大量にある。よほど詳しく、なおかつ設定やストーリー展開に捻りがなければ一顧だにされない。
第三に見るのが“既存アイディアの組み合わせ”である。一つ一つのアイディアには前例があるのだが、これを組み合わせる手法の妙によって、新鮮味を感じさせる応募作。
“既存アイディアの組み合わせで新鮮味演出”は、プロ作家として文壇で長く生き残るには、必要不可欠なテクニックである。どれほど優れたプロ作家でも、果てしなく“前例のない画期的なアイディア”を連発するのは不可能なのだから、応募時点でこのテクニックを身に着けている応募者は、出版社にとっては得難い人材となる。その観点で取り上げるのが、第十七回日本ホラー小説大賞長編賞受賞作の『バイロケーション』(法条遙)である。
日本ホラー小説大賞は十一月三十日が締切(当日消印有効)で、応募規定は印字原稿の場合は四十字×四十行で三十八枚~百六十三枚(手書きなら四百字詰め原稿用紙百五十枚~六百五十枚)だが、どうしてもホラーとなると、そうそう目新しいアイディアなど出せるものではない。法条遙が『バイロケーション』で採った手法は、大いに参考になるだろう。
ドッペルゲンガーという、ゾンビや幽霊と並んでホラー小説では定番の素材に、ミステリーで二階堂黎人が好んで多用する二人一役トリックを組み合わせたものである。ミステリーにおける二人一役トリックは、双生児だったり、よく似た別人が化粧や変装によって一人の人物になりすますものだが、『バイロケーション』はドッペルゲンガーだから素材的には一卵性双生児の二人一役に近い。
唯一、小粒ながら“新奇のアイディア”と言えないこともないのが「本物も、ドッペルゲンガーも、どっちも“自分のほうが本物だ”と思い込んでいる」点である。法条は、そこを最大限に押し進めて、やはりミステリーでは常套の“叙述トリック”を組み合わせている。どういうことかというと、『バイロケーション』は終始“私”を主人公にした一人称視点で書かれているのだが、その“私”が実は桐村忍と、そのドッペルゲンガーの二人いるという“騙し”を読者に対して仕掛けている。
一人称の単独視点に見えて、実は二人視点の上に、どっちも「私が本物の桐村忍」だと信じ込んで記述している、という設定になっているのだから、よほど細部まで綿密に読み込んで伏線を見つけ出すように心がけていないと、かなり後半に近づくまで仕掛けに気づかないだろう。気楽に読んだら、おそらく最後の最後まで気づかない。このように「本格ミステリーでは使い古された常套トリックを、ホラー小説でも常套的に扱われる素材と組み合わせて新鮮味を出す」は、まだまだ大いに可能性がある手法および素材と言える。
『バイロケーション』を「この“私”は、はて、どっちの忍なんだ?」と分析しながら読み、更に、要領が呑み込めたら、本格ミステリーの密室トリック、アリバイ・トリックなどと組み合わせてみる手法を模索してみると良いだろう。
「ホラー小説大賞に応募したいんだけれど、どうにも目新しいホラーのアイディアがなあ……」と思案投げ首のアマチュアにとっては、意外に斬新な道が開けるはずである。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
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朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。