松本清張賞


文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
松本清張賞
今回は、松本清張賞について述べる。
アマ・プロ問わず、ジャンル問わずの賞だが、これまで十九回、十八作の受賞作の内の十二作が時代劇というほど時代劇に特化しつつある賞である。ところが、その割には選考委員も編集者も、時代考証に無知なのが特徴と言える。ヨーロッパで望遠鏡が発明される遙か以前に、日本に来た宣教師から献上された望遠鏡を使って織田信長が建築中の安土城を眺めているシーンがあるトンデモ時代劇が受賞しているくらいだから推して知るべしだが、第十八回の受賞作『白樫の樹の下で』(青山文平)も、そうである。
青山は、剣術と刀に関する知識は見るべきものがある(それが最大の授賞理由と思われる)。「固い心鉄を柔らかい皮鉄でくるんだ刀は」と書いているところは、多くの刀剣本で正反対に書かれており、その点から見ても、かなり詳しい。一竿子忠綱の事件を出している点からも、刀剣に関心が深いと分かる。立ち合いシーンの描写も、剣気を外に出さない相手が、向かい合うとガラッと変わる辺り、レベルの高い武術家から綿密に取材していると思われる。
ところが、時代考証の基本常識が完全に欠落している。主人公の村上登は三十俵二人扶持の御家人なのだが、玄関付きの家に住んでいる(玄関付きの家は旗本以上に限られ、御家人には許されていない)。江戸時代の名前には通称と諱(いみな)と二つあるのだが、この区別が、全然できていない。ごちゃ混ぜに使っている。歴代の受賞者の中では、時代考証の知識は、最も劣るだろう。
これで受賞できるのだから、松本清張賞を時代劇で狙う場合には、選考委員を唸らせることさえできれば、かなりの大嘘を書いても賞に手が届く、時代考証には大して神経質になる必要がない、と言える。『白樫の樹の下で』は手法的には、現代のストーカーとサイコパス連続殺人事件を江戸時代に持ち込んだものである。ホラーに倒叙ミステリーの手法を取り入れて新味を出す手法を前回に紹介したが、それと似たような〝他ジャンルの王道手法をジャンル横断的に取り入れて新味を出す〟は、時代劇においても可能だということで、そういう点では青山作品は「どうすれば新鮮味を出すことができるか?」と捻り鉢巻で知恵を搾り続けているアマチュア作家には良いヒントを与えてくれたと言えるだろう。
さて、第十九回の受賞作『烏に単は似合わない』(阿部智里)には首を捻った。なぜ、これが受賞したのか、さっぱり理解できなかった。阿部は応募時点では二十歳で、歴代の松本清張賞受賞者の中では最年少だとキャッチ・コピーにあるが、それが唯一の授賞理由だとしか思えない。主人公の一人に〝あせび〟という娘がいるのだが「あせびは目を丸くした」などという何の工夫もない文章が頻出するし、「あせびは真っ赤になった」などという視点が狂った文章(主人公は自分の顔色は、鏡でも見ていない限り、認識することができない)を平気で書いている。プロ作家としてはド下手の部類に属する、拙劣な文章。
第二章に入ると、浜木綿という新たな主人公が登場する――と思ったら、また、あせびに視点が戻り、その後は数人の視点が全く何の脈絡もなく入り乱れる。阿部は視点というものが全然わかっていない。『公募ガイド』九月号の特集《もはやジャンルではなく手法!すべての小説にミステリーを》にあったように、視点に厳しいミステリー系の下読み選者に当たっていたら、容赦なく一次選考で落選にされていたことが確実なほどの視点の乱れ。
今は新人賞の選考委員はミステリー畑の出身者が多数を占めるから、その網の目を掻い潜って最終選考まで辿り着き、挙げ句は大賞まで射止められたのは超ラッキーだとしか言いようがない。「これなら私にも書ける」という変な希望をアマチュアに与えることで、方向を誤らせる危険性が高い受賞作でもある。絶対に真似してはいけない、他山の石とすべき作品なので、よくよく注意しておく。選考委員の一人の石田衣良が「筆力申し分なし」と評しているが、どこをどう読んだら、そんな嘘っぱちが書けるのか。穿った見方をすれば「こういう駄目作家が続々デビューしてくれば、文壇での俺の地位は当分は安泰だ」とでも思ったのでなければ、とてもじゃないが、こんな正反対の評価は下せないだろう。
ジャンル的にはライトノベル時代劇ファンタジーで、奈良平安朝っぽい架空世界を舞台に物語が展開するのだが、この手の物語は、ライトノベル・ファンタジーには山ほど存在する。百歩譲って好意的に解釈するとして、選考委員はライトノベル時代劇ファンタジーを今まで唯の一冊も読んだことがなかったのか? だから、これほど月並みな作品を、新鮮に感じたのか? おそらく第二十回の松本清張賞の公募に対しては「こんなレベルの作品で受賞できるんだったら、私にも書ける!」と意気込むアマチュアが大量に出て、似たようなライトノベル時代劇ファンタジーが殺到するだろうと予測できる。来年もこの程度の作品に授賞するようなら、もはや伝統ある松本清張賞も、末期的症状だと見て良い。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
---|---|
朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。
文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
松本清張賞
今回は、松本清張賞について述べる。
アマ・プロ問わず、ジャンル問わずの賞だが、これまで十九回、十八作の受賞作の内の十二作が時代劇というほど時代劇に特化しつつある賞である。ところが、その割には選考委員も編集者も、時代考証に無知なのが特徴と言える。ヨーロッパで望遠鏡が発明される遙か以前に、日本に来た宣教師から献上された望遠鏡を使って織田信長が建築中の安土城を眺めているシーンがあるトンデモ時代劇が受賞しているくらいだから推して知るべしだが、第十八回の受賞作『白樫の樹の下で』(青山文平)も、そうである。
青山は、剣術と刀に関する知識は見るべきものがある(それが最大の授賞理由と思われる)。「固い心鉄を柔らかい皮鉄でくるんだ刀は」と書いているところは、多くの刀剣本で正反対に書かれており、その点から見ても、かなり詳しい。一竿子忠綱の事件を出している点からも、刀剣に関心が深いと分かる。立ち合いシーンの描写も、剣気を外に出さない相手が、向かい合うとガラッと変わる辺り、レベルの高い武術家から綿密に取材していると思われる。
ところが、時代考証の基本常識が完全に欠落している。主人公の村上登は三十俵二人扶持の御家人なのだが、玄関付きの家に住んでいる(玄関付きの家は旗本以上に限られ、御家人には許されていない)。江戸時代の名前には通称と諱(いみな)と二つあるのだが、この区別が、全然できていない。ごちゃ混ぜに使っている。歴代の受賞者の中では、時代考証の知識は、最も劣るだろう。
これで受賞できるのだから、松本清張賞を時代劇で狙う場合には、選考委員を唸らせることさえできれば、かなりの大嘘を書いても賞に手が届く、時代考証には大して神経質になる必要がない、と言える。『白樫の樹の下で』は手法的には、現代のストーカーとサイコパス連続殺人事件を江戸時代に持ち込んだものである。ホラーに倒叙ミステリーの手法を取り入れて新味を出す手法を前回に紹介したが、それと似たような〝他ジャンルの王道手法をジャンル横断的に取り入れて新味を出す〟は、時代劇においても可能だということで、そういう点では青山作品は「どうすれば新鮮味を出すことができるか?」と捻り鉢巻で知恵を搾り続けているアマチュア作家には良いヒントを与えてくれたと言えるだろう。
さて、第十九回の受賞作『烏に単は似合わない』(阿部智里)には首を捻った。なぜ、これが受賞したのか、さっぱり理解できなかった。阿部は応募時点では二十歳で、歴代の松本清張賞受賞者の中では最年少だとキャッチ・コピーにあるが、それが唯一の授賞理由だとしか思えない。主人公の一人に〝あせび〟という娘がいるのだが「あせびは目を丸くした」などという何の工夫もない文章が頻出するし、「あせびは真っ赤になった」などという視点が狂った文章(主人公は自分の顔色は、鏡でも見ていない限り、認識することができない)を平気で書いている。プロ作家としてはド下手の部類に属する、拙劣な文章。
第二章に入ると、浜木綿という新たな主人公が登場する――と思ったら、また、あせびに視点が戻り、その後は数人の視点が全く何の脈絡もなく入り乱れる。阿部は視点というものが全然わかっていない。『公募ガイド』九月号の特集《もはやジャンルではなく手法!すべての小説にミステリーを》にあったように、視点に厳しいミステリー系の下読み選者に当たっていたら、容赦なく一次選考で落選にされていたことが確実なほどの視点の乱れ。
今は新人賞の選考委員はミステリー畑の出身者が多数を占めるから、その網の目を掻い潜って最終選考まで辿り着き、挙げ句は大賞まで射止められたのは超ラッキーだとしか言いようがない。「これなら私にも書ける」という変な希望をアマチュアに与えることで、方向を誤らせる危険性が高い受賞作でもある。絶対に真似してはいけない、他山の石とすべき作品なので、よくよく注意しておく。選考委員の一人の石田衣良が「筆力申し分なし」と評しているが、どこをどう読んだら、そんな嘘っぱちが書けるのか。穿った見方をすれば「こういう駄目作家が続々デビューしてくれば、文壇での俺の地位は当分は安泰だ」とでも思ったのでなければ、とてもじゃないが、こんな正反対の評価は下せないだろう。
ジャンル的にはライトノベル時代劇ファンタジーで、奈良平安朝っぽい架空世界を舞台に物語が展開するのだが、この手の物語は、ライトノベル・ファンタジーには山ほど存在する。百歩譲って好意的に解釈するとして、選考委員はライトノベル時代劇ファンタジーを今まで唯の一冊も読んだことがなかったのか? だから、これほど月並みな作品を、新鮮に感じたのか? おそらく第二十回の松本清張賞の公募に対しては「こんなレベルの作品で受賞できるんだったら、私にも書ける!」と意気込むアマチュアが大量に出て、似たようなライトノベル時代劇ファンタジーが殺到するだろうと予測できる。来年もこの程度の作品に授賞するようなら、もはや伝統ある松本清張賞も、末期的症状だと見て良い。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
---|---|
朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。