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「神様視点スタートはNG」な新人賞が増えたわけ

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作文・エッセイ
作家デビュー

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

日本ファンタジーノベル大賞

今回は日本ファンタジーノベル大賞について触れることにする。第二十三回の大賞が『さざなみの国』(勝山海百合)、優秀賞が『吉田キグルマレナイト』(日野俊太郎)、第二十四回は大賞が該当作なしで優秀賞が『かおばな憑依帖』(三國青葉)と『絶対服従者』(関俊介)で、順に取り上げていくと勝山海百合は雑誌《北の文学》で優秀賞を受賞、『軍馬の帰還』で第4回ビーケーワン怪談大賞を受賞、『竜岩石』で第二回『幽』怪談文学賞短編部門優秀賞を受賞という経歴。


これだけ受賞歴があるということは実は「あまり売れていない」状況の裏返しなのだ。


なぜなら、売れていれば、次から次へと依頼原稿が入るので、別の新人賞に応募している暇など捻出できないからである。そういう〝何度も受賞する作家〟には、何かしらメガヒットを飛ばせない原因が文章の中に存在するので、それを分析することは〝息の長いプロ作家〟を志すアマチュアには、何かしら参考になる。『さざなみの国』は冒頭で、主人公がころころ頻繁に入れ替わり、神様視点で描かれている。そのために主人公に感情移入することができない。下読み選者がミステリー系だったら一次選考で落とされる書き方で、現在の新人賞選考の下読み選者はミステリー出身者が多数派を占めるから、要注意。


『さざなみの国』のような応募作を書いたら、むしろ予選落ちの危険が高いと見なければならない。かつては神様視点スタートの物語はOKだったが、現在はNGとする新人賞が多数派を占める。「感情移入できない」という理由で、『さざなみの国』は受賞作なので買ったが、次の作品は買わない、という感想を漏らした者が私の周囲には多かった。勝山は、こういう最近の読者傾向に目を向けないと、また別の新人賞で再デビューを狙う事態に陥りかねない。勝山の創造する物語世界はユニークで、だからこそグランプリを射止めたわけだが、主人公視点で描かれていて感情移入しやすい点では『吉田キグルマレナイト』のほうが優れていて、読みやすい。ただ、場末の劇団で被り物の役者という主人公設定は、月並みというほどではないにしても、さほど目新しくもない。オリジナリティの差で勝山のほうに大賞が行ったが、〝伸びしろ〟というに関しては日野のほうが上に思える。


そういう点に着目して、賞を狙うアマチュアは二作を読み比べて応募作を書くと良い。


第二十四回は大賞がなかっただけに、どうしても見劣りがする。『かおばな憑依帖』は「江戸の町に朝顔の毒がばらまかれた。怨霊によるバイオテロ勃発。無辜の民を守るため決戦に選ばれしは、美貌のマザコン剣士、その母親の生き霊、怨霊となった吉宗の亡母、隠密、それに、象!? 誰もが誰かを守っている。命を賭けた壮絶なバトルが今、始まる」がキャッチ・コピーだが、内容は月並みな時代劇。朝日時代小説大賞とか松本清張賞とか時代劇に特化した新人賞に応募していたら、ほぼ確実に予選落ちの作品。同じ優秀賞に留まった過去の受賞作の『糞袋』(藤田雅矢)や『闇鏡』(堀川アサコ)と比べて、かなり見劣りがする。登場人物も、時代劇にやたら出てくる有名どころばかりだし、アイデア的にも南原幹雄とか過去の大物時代劇作家が書き尽くしたものの焼き直しで、オリジナリティはゼロに近い。選考委員が、ほとんど時代劇を読んでいないとしか思えない。逆に言えば、使い古されたネタでも日本ファンタジーノベル大賞は狙えるということになりそうだが、『かおばな』の欠点は賢明な読者なら即座に見抜くはずで、そういうエアー・ポケットを狙った通俗時代劇が今回、殺到することも大いに考えられるから、要注意。


『絶対服従者』のキャッチ・コピーは「女王アリVS悪徳市長。欲望渦まく追跡バトルから逃げ切れるのか、俺。突然変異で高度な知性を備えたハチやアリがヒトの代わりに働き、失業者が溢れる街で、おぞましい秘密工場の存在を知ってしまった俺。長期政権で街を牛耳る市長の悪事を暴くべく、決死の闘いから生還した先に待っていたのは、苦痛に満ちた絶対服従の日々であった――。異色のノンストップ昆虫SFバイオレンス劇」で、人間と知性を持った昆虫との絡みにストーリーの根幹を持っていった着想が、秀逸。『かおばな』に優秀賞を授与するのであれば、こっちを大賞にしても不自然ではないくらいオリジナリティに差があった。主人公視点なので、感情移入も容易。日本ファンタジーノベル大賞への応募の参考にすべき作品は『吉田キグルマレナイト』と『絶対服従者』の二作だろう。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

日本ファンタジーノベル大賞(2013年5月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

日本ファンタジーノベル大賞

今回は日本ファンタジーノベル大賞について触れることにする。第二十三回の大賞が『さざなみの国』(勝山海百合)、優秀賞が『吉田キグルマレナイト』(日野俊太郎)、第二十四回は大賞が該当作なしで優秀賞が『かおばな憑依帖』(三國青葉)と『絶対服従者』(関俊介)で、順に取り上げていくと勝山海百合は雑誌《北の文学》で優秀賞を受賞、『軍馬の帰還』で第4回ビーケーワン怪談大賞を受賞、『竜岩石』で第二回『幽』怪談文学賞短編部門優秀賞を受賞という経歴。


これだけ受賞歴があるということは実は「あまり売れていない」状況の裏返しなのだ。


なぜなら、売れていれば、次から次へと依頼原稿が入るので、別の新人賞に応募している暇など捻出できないからである。そういう〝何度も受賞する作家〟には、何かしらメガヒットを飛ばせない原因が文章の中に存在するので、それを分析することは〝息の長いプロ作家〟を志すアマチュアには、何かしら参考になる。『さざなみの国』は冒頭で、主人公がころころ頻繁に入れ替わり、神様視点で描かれている。そのために主人公に感情移入することができない。下読み選者がミステリー系だったら一次選考で落とされる書き方で、現在の新人賞選考の下読み選者はミステリー出身者が多数派を占めるから、要注意。


『さざなみの国』のような応募作を書いたら、むしろ予選落ちの危険が高いと見なければならない。かつては神様視点スタートの物語はOKだったが、現在はNGとする新人賞が多数派を占める。「感情移入できない」という理由で、『さざなみの国』は受賞作なので買ったが、次の作品は買わない、という感想を漏らした者が私の周囲には多かった。勝山は、こういう最近の読者傾向に目を向けないと、また別の新人賞で再デビューを狙う事態に陥りかねない。勝山の創造する物語世界はユニークで、だからこそグランプリを射止めたわけだが、主人公視点で描かれていて感情移入しやすい点では『吉田キグルマレナイト』のほうが優れていて、読みやすい。ただ、場末の劇団で被り物の役者という主人公設定は、月並みというほどではないにしても、さほど目新しくもない。オリジナリティの差で勝山のほうに大賞が行ったが、〝伸びしろ〟というに関しては日野のほうが上に思える。


そういう点に着目して、賞を狙うアマチュアは二作を読み比べて応募作を書くと良い。


第二十四回は大賞がなかっただけに、どうしても見劣りがする。『かおばな憑依帖』は「江戸の町に朝顔の毒がばらまかれた。怨霊によるバイオテロ勃発。無辜の民を守るため決戦に選ばれしは、美貌のマザコン剣士、その母親の生き霊、怨霊となった吉宗の亡母、隠密、それに、象!? 誰もが誰かを守っている。命を賭けた壮絶なバトルが今、始まる」がキャッチ・コピーだが、内容は月並みな時代劇。朝日時代小説大賞とか松本清張賞とか時代劇に特化した新人賞に応募していたら、ほぼ確実に予選落ちの作品。同じ優秀賞に留まった過去の受賞作の『糞袋』(藤田雅矢)や『闇鏡』(堀川アサコ)と比べて、かなり見劣りがする。登場人物も、時代劇にやたら出てくる有名どころばかりだし、アイデア的にも南原幹雄とか過去の大物時代劇作家が書き尽くしたものの焼き直しで、オリジナリティはゼロに近い。選考委員が、ほとんど時代劇を読んでいないとしか思えない。逆に言えば、使い古されたネタでも日本ファンタジーノベル大賞は狙えるということになりそうだが、『かおばな』の欠点は賢明な読者なら即座に見抜くはずで、そういうエアー・ポケットを狙った通俗時代劇が今回、殺到することも大いに考えられるから、要注意。


『絶対服従者』のキャッチ・コピーは「女王アリVS悪徳市長。欲望渦まく追跡バトルから逃げ切れるのか、俺。突然変異で高度な知性を備えたハチやアリがヒトの代わりに働き、失業者が溢れる街で、おぞましい秘密工場の存在を知ってしまった俺。長期政権で街を牛耳る市長の悪事を暴くべく、決死の闘いから生還した先に待っていたのは、苦痛に満ちた絶対服従の日々であった――。異色のノンストップ昆虫SFバイオレンス劇」で、人間と知性を持った昆虫との絡みにストーリーの根幹を持っていった着想が、秀逸。『かおばな』に優秀賞を授与するのであれば、こっちを大賞にしても不自然ではないくらいオリジナリティに差があった。主人公視点なので、感情移入も容易。日本ファンタジーノベル大賞への応募の参考にすべき作品は『吉田キグルマレナイト』と『絶対服従者』の二作だろう。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。