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やってはならない、時系列の乱れとご都合主義『このミステリーがすごい!』大賞

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作文・エッセイ
作家デビュー

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

『このミステリーがすごい!』大賞

新人賞を狙うアマチュアは、どうしても“目先の目標”にとらわれる。どういうことかというと、前回の受賞作がハイレベルだと「これは難しい」と思って敬遠し、前回の受賞作が低レベルだと「これなら自分にも取れそうだ」と思って狙う(応募時に前回受賞作が未刊行の場合には、前々回の受賞作)という傾向がみられる。百%当てはまるわけではないが、八十%は当てはまると見て良い。例えば、この原稿の執筆時点で、まだ松本清張賞は途中経過が発表されただけだが、前回の受賞作が松本清張賞史上おそらく最低の出来だったせいもあって、今年は稀に見る激戦となった。私は立場上、数多くの応募作を予選段階で見ることができるが「これは上位まで残るのではないか」と感じた作品が、ことごとく一次選考通過止まりだった。逆に前回がハイレベルなら、今回は容易になる確率が高い。


そこで今回は、『このミステリーがすごい!』大賞について、論じることにする。前回受賞作は『生存者ゼロ』(安生正)で、アマゾンのカスタマー・レビュー(原稿執筆時)だと、★五個と★四個が各三で、★二個が二。前々回の受賞作が『弁護士探偵物語』(法坂一広)で、★五個が二、★四個が一、★三個が三、★一個が八と、極めて『弁護士』の評価が低い。前述の“隔年難易度変遷”の法則に従えば、今年の『このミス』は、かなり低レベルの応募作であっても、グランプリに届く可能性がある。そこで、なぜ『弁護士』がグランプリを射止められたかの分析をすれば、これから『このミス』に応募しようとしているアマチュア作家の、参考になるはずである。


まず、『弁護士』の作者の法坂は現役の弁護士だけあって、弁護士事務所、警察、検察庁などの描写が極めてリアルである。が、これは当たり前の話で、応募作は何かしら専門的な蘊蓄で選考委員を唸らせなければ予選突破できないのだから、数学的にいえば必要条件であって十分条件ではない。『弁護士』の優れている点は主人公のキャラ設定である。


主人公の弁護士は非常に魅力的である。ところが、『弁護士』で良い点は、他には何一つ見出せなかった。まず、時系列が大狂いに狂っている。最初に「トマト男」なる人物と主人公が、しょうもない離婚相談の打ち合わせをするのだが、そこから一気に物語は過去に飛んで、主人公がその前に関わった、超変てこりんな事件の物語を延々と回想する。


選考がハイレベルの争いになったら、この欠点だけで『弁護士』は落選しかねない。


また、主人公は次から次へとピンチに陥るのだが、その大半は、主人公がドジで間抜けであるが故に降り掛かってくるものである。敢えて主人公を窮地に陥れるための失敗で、ご都合主義の一種。これは、アマチュアは断固やってはいけない。主人公のドジでピンチを招き、スリリングな展開になるのは極めて安直なので、一度これで味を占めると、癖になる。選考委員に見抜かれて大減点を食らって予選落ちになる場合もあるし、その減点が小幅に留まって運良く受賞に至ったとしても、読者に見放されて作品が売れなくなる。


これから『このミス』に応募しようとしている人は、既に大半を書き上げて、中には推敲段階に入っている人もいるだろうが、注意すべきは文章ではない。まず第一に時系列の乱れ、第二に、ドジでピンチを招くようなご都合主義をやっていないか否かのチェック。


『弁護士』はラスト近くになって犯人が延々と動機の類いなど真相を喋りまくるのだが、これもハイレベルの戦いになった場合にはアウト。『弁護士』は選評でもその点を選考委員から指摘されていて、徹底改稿が刊行に際しての条件だったのだが、私が読んだ限りではテレビの二時間ミステリーの「犯人の崖上の告白」と同じ状況は克服されていなかった。


主人公が魅力的で脇を固める女性陣もそこそこ魅力的なので「この主人公が活躍する弁護士探偵ミステリーをあと何作か読んでみたい」と思わせる、いわゆる“伸びしろ”の部分への期待感でグランプリ授賞に至ったと思われるが、アマゾンのレビューで★一個が八つも付いたように、賢明な読者には見抜かれるから、よくよく姑息な手は使わないこと。


当講座で何度も繰り返しているが、文章力などは、ほとんど新人賞受賞に影響がない


特に、主催している宝島社は文章の巧拙には無頓着な版元である。『弁護士』は文章力も酷かった。台詞の後に「そう言った・そう言うと」の類いが頻出する。鉤括弧があれば何を言ったのかは分かるから「そう」はニュアンスの説明のはずだが、激怒して言ったのか投げやりに言ったのか、はたまた、冗談めかして言ったのか「そう」だけでは読み取れない箇所が、あまりに多かった。いくら選考対象ではないとはいえ、プロ作家たらんとする将来のことを考えれば、これはNGである。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

『このミステリーがすごい!』大賞(2013年6月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

『このミステリーがすごい!』大賞

新人賞を狙うアマチュアは、どうしても“目先の目標”にとらわれる。どういうことかというと、前回の受賞作がハイレベルだと「これは難しい」と思って敬遠し、前回の受賞作が低レベルだと「これなら自分にも取れそうだ」と思って狙う(応募時に前回受賞作が未刊行の場合には、前々回の受賞作)という傾向がみられる。百%当てはまるわけではないが、八十%は当てはまると見て良い。例えば、この原稿の執筆時点で、まだ松本清張賞は途中経過が発表されただけだが、前回の受賞作が松本清張賞史上おそらく最低の出来だったせいもあって、今年は稀に見る激戦となった。私は立場上、数多くの応募作を予選段階で見ることができるが「これは上位まで残るのではないか」と感じた作品が、ことごとく一次選考通過止まりだった。逆に前回がハイレベルなら、今回は容易になる確率が高い。


そこで今回は、『このミステリーがすごい!』大賞について、論じることにする。前回受賞作は『生存者ゼロ』(安生正)で、アマゾンのカスタマー・レビュー(原稿執筆時)だと、★五個と★四個が各三で、★二個が二。前々回の受賞作が『弁護士探偵物語』(法坂一広)で、★五個が二、★四個が一、★三個が三、★一個が八と、極めて『弁護士』の評価が低い。前述の“隔年難易度変遷”の法則に従えば、今年の『このミス』は、かなり低レベルの応募作であっても、グランプリに届く可能性がある。そこで、なぜ『弁護士』がグランプリを射止められたかの分析をすれば、これから『このミス』に応募しようとしているアマチュア作家の、参考になるはずである。


まず、『弁護士』の作者の法坂は現役の弁護士だけあって、弁護士事務所、警察、検察庁などの描写が極めてリアルである。が、これは当たり前の話で、応募作は何かしら専門的な蘊蓄で選考委員を唸らせなければ予選突破できないのだから、数学的にいえば必要条件であって十分条件ではない。『弁護士』の優れている点は主人公のキャラ設定である。


主人公の弁護士は非常に魅力的である。ところが、『弁護士』で良い点は、他には何一つ見出せなかった。まず、時系列が大狂いに狂っている。最初に「トマト男」なる人物と主人公が、しょうもない離婚相談の打ち合わせをするのだが、そこから一気に物語は過去に飛んで、主人公がその前に関わった、超変てこりんな事件の物語を延々と回想する。


選考がハイレベルの争いになったら、この欠点だけで『弁護士』は落選しかねない。


また、主人公は次から次へとピンチに陥るのだが、その大半は、主人公がドジで間抜けであるが故に降り掛かってくるものである。敢えて主人公を窮地に陥れるための失敗で、ご都合主義の一種。これは、アマチュアは断固やってはいけない。主人公のドジでピンチを招き、スリリングな展開になるのは極めて安直なので、一度これで味を占めると、癖になる。選考委員に見抜かれて大減点を食らって予選落ちになる場合もあるし、その減点が小幅に留まって運良く受賞に至ったとしても、読者に見放されて作品が売れなくなる。


これから『このミス』に応募しようとしている人は、既に大半を書き上げて、中には推敲段階に入っている人もいるだろうが、注意すべきは文章ではない。まず第一に時系列の乱れ、第二に、ドジでピンチを招くようなご都合主義をやっていないか否かのチェック。


『弁護士』はラスト近くになって犯人が延々と動機の類いなど真相を喋りまくるのだが、これもハイレベルの戦いになった場合にはアウト。『弁護士』は選評でもその点を選考委員から指摘されていて、徹底改稿が刊行に際しての条件だったのだが、私が読んだ限りではテレビの二時間ミステリーの「犯人の崖上の告白」と同じ状況は克服されていなかった。


主人公が魅力的で脇を固める女性陣もそこそこ魅力的なので「この主人公が活躍する弁護士探偵ミステリーをあと何作か読んでみたい」と思わせる、いわゆる“伸びしろ”の部分への期待感でグランプリ授賞に至ったと思われるが、アマゾンのレビューで★一個が八つも付いたように、賢明な読者には見抜かれるから、よくよく姑息な手は使わないこと。


当講座で何度も繰り返しているが、文章力などは、ほとんど新人賞受賞に影響がない


特に、主催している宝島社は文章の巧拙には無頓着な版元である。『弁護士』は文章力も酷かった。台詞の後に「そう言った・そう言うと」の類いが頻出する。鉤括弧があれば何を言ったのかは分かるから「そう」はニュアンスの説明のはずだが、激怒して言ったのか投げやりに言ったのか、はたまた、冗談めかして言ったのか「そう」だけでは読み取れない箇所が、あまりに多かった。いくら選考対象ではないとはいえ、プロ作家たらんとする将来のことを考えれば、これはNGである。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。