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文学賞解体新書『江戸川乱歩賞』

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作文・エッセイ
作家デビュー

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

江戸川乱歩賞

今回は、来年の一月三十一日締切(当日消印有効。A4の白紙に30字×40行で百十五?百八十五枚)の江戸川乱歩賞を論じることにする。

江戸川乱歩賞に限らず、出来の良い作品が受賞した次の回は「これはダメだ」と諦める応募者が増えるせいでレベルが落ちる傾向が見られるが、第六十回の下村敦史『闇に香る嘘』のレベルが高かったせいで、第六十一回受賞作の『道徳の時間』(呉勝浩)は惨憺たるものだった。

かつて、これほど選評で酷評された受賞作は記憶にない。中でも池井戸潤氏の評〈不作であった。「受賞作なし」が妥当だったと思う」と断じた上で、受賞作の『道徳』に関して「過去の事件と現代の事件が結び付かない」「文章が良くない。大げさな描写は鼻につくし、誰が話しているかわからない会話にも苛々させられる。さらに、最後に語られる動機に至っては、まったくばかばかしい限りで言葉もない〉の感想は、私も受賞作を読んでみて、正鵠を射ている指摘のように思う。

現在、日本の出版界は、未曾有の不況に喘いでおり、特にミステリー分野は、特定の数名の作家を除いては全く売れない状況が続いている。だから「受賞作なし」とはしたくない事情は、理解できる。受賞作でなければ、新人作家の作品は、ほとんど売れないからだ。

しかし、それは、読者離れを加速し、かえって自分で自分の首を絞める愚行に結び付くのは、当講座でも何度か指摘していることである。

池井戸氏の評は受賞作の入手以前に日本推理作家協会を通して承知していたから「今回の受賞作は、全没書き直しだろうな。さて、どれだけ欠点が修正されているか」と期待して読んだが、裏切られた。

大幅に改稿して、この程度なら、応募作は、よほど酷かったのだろう。

この受賞作を読んで「これなら、自分も」と次回の江戸川乱歩賞には応募者が殺到するだろう。それも、今回、いつもより早く江戸川乱歩賞について論じる理由である。

では、具体的に受賞作の内容に踏み込んでいく(以降、ネタバレ注意)。

まず、それほど台詞は下手ではない。しかし、各登場人物のキャラ立て、描き分けができていないから、台詞が連続する箇所では、誰の台詞なのかが不明確になる。池井戸氏の「誰が話しているかわからない会話に苛々させられる」の指摘は、全く修正されていない。

よくよく熟読すれば、語り手は分かる。だが、エンターテインメントにおいて、読者に熟読を求めるのは下の下である。読者は見放す。台詞が上手い作家は黒川博行氏である。黒川作品は、台詞が延々と続くものが多いが、誰が喋っているのかは歴然と分かる。『道徳』と黒川作品を読み比べてみると良い。

「なるほど、こう書くのか。こう書いてはダメなのか」という、台詞の書き方のキーポイントが歴然と見えてくる。『道徳』は悪見本である。

次に、動機。『道徳』には三つの動機が出てくる。十三年前に小学校の講堂の講演会という衆人環視状態の中で起きた殺人事件の犯人の動機。

第二は、その事件を掘り起こしてドキュメンタリー映画を制作しようとしている越智冬菜という女性の制作動機。

第三は、池井戸氏が「過去の事件と現代の事件が結び付かない」と指摘している、その「現代の事件」を引き起こす少年たちの動機。

私は池井戸氏のように「ばかばかしい限りで言葉もない」とまでは思わない。人間は多種多様だから、こういう動機(発想法)を持つ人間が出ても不思議ではない。

第一の動機は「自分は、小説家になりたい。有名人になれば、小説が売れる。そのために衆人環視の中で殺人事件を起こし、刑務所の中で執筆する」で、これを池井戸氏は「ばかばかしい」と思ったのだろうが、未成年で連続射殺事件を引き起こして死刑になった永山則夫の実例があるのだから、馬鹿げているとまでは言い切れない。

問題は、この動機(目的)を達成する手段として採った方法がベストではないことである。第二、第三の動機も、それ単独ならば、有り得ないとまでは思わない。

しかし、いずれも、ベストの方法ではないどころか、ベターの方法ですらない。三つの動機があって、全部が「通常であれば、こんな方法は採用しない。もっとマシな方法が、いくらでも考えられる」となると、これは物語を恣意的にそっちの方向(不可解な謎に読者を引っ張り込もうと企図する)にネジ曲げたご都合主義と言わざるを得ない。

その謎に引っ張り込まれれば辻村深月氏の「続きはどうなるのか、と読者に思わせる作内の謎が際立って見事だった」とか石田衣良氏の「この作品だけが魅力的な謎と設定を描けていた」とか有栖川有栖氏の「ミステリとしての面白さで他を圧している」という感想に繋がるのだが、引っ張り込まれなければ「馬鹿げている」「有り得ない」と、シラケる方向に行くことになる。

魅力的で不可解な謎を設定するのは良い。それはミステリーの根幹と言える。しかし、そこにご都合主義を大量に盛り込んではいけない

非常識な行動をとる人間が登場人物の一部なら許せるが、全員では、アウトである。

 あなたの応募原稿、添削します! 受賞確立大幅UP!

 若桜木先生が、江戸川乱歩賞を受賞するためのテクニックを教えます!

 江戸川乱歩賞講座

 受賞できるかどうかは、書く前から決まっていた!

 あらすじ・プロットの段階で添削するのが、受賞の近道!

 あらすじ・プロット添削講座

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

江戸川乱歩賞(2015年11月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

江戸川乱歩賞

今回は、来年の一月三十一日締切(当日消印有効。A4の白紙に30字×40行で百十五?百八十五枚)の江戸川乱歩賞を論じることにする。

江戸川乱歩賞に限らず、出来の良い作品が受賞した次の回は「これはダメだ」と諦める応募者が増えるせいでレベルが落ちる傾向が見られるが、第六十回の下村敦史『闇に香る嘘』のレベルが高かったせいで、第六十一回受賞作の『道徳の時間』(呉勝浩)は惨憺たるものだった。

かつて、これほど選評で酷評された受賞作は記憶にない。中でも池井戸潤氏の評〈不作であった。「受賞作なし」が妥当だったと思う」と断じた上で、受賞作の『道徳』に関して「過去の事件と現代の事件が結び付かない」「文章が良くない。大げさな描写は鼻につくし、誰が話しているかわからない会話にも苛々させられる。さらに、最後に語られる動機に至っては、まったくばかばかしい限りで言葉もない〉の感想は、私も受賞作を読んでみて、正鵠を射ている指摘のように思う。

現在、日本の出版界は、未曾有の不況に喘いでおり、特にミステリー分野は、特定の数名の作家を除いては全く売れない状況が続いている。だから「受賞作なし」とはしたくない事情は、理解できる。受賞作でなければ、新人作家の作品は、ほとんど売れないからだ。

しかし、それは、読者離れを加速し、かえって自分で自分の首を絞める愚行に結び付くのは、当講座でも何度か指摘していることである。

池井戸氏の評は受賞作の入手以前に日本推理作家協会を通して承知していたから「今回の受賞作は、全没書き直しだろうな。さて、どれだけ欠点が修正されているか」と期待して読んだが、裏切られた。

大幅に改稿して、この程度なら、応募作は、よほど酷かったのだろう。

この受賞作を読んで「これなら、自分も」と次回の江戸川乱歩賞には応募者が殺到するだろう。それも、今回、いつもより早く江戸川乱歩賞について論じる理由である。

では、具体的に受賞作の内容に踏み込んでいく(以降、ネタバレ注意)。

まず、それほど台詞は下手ではない。しかし、各登場人物のキャラ立て、描き分けができていないから、台詞が連続する箇所では、誰の台詞なのかが不明確になる。池井戸氏の「誰が話しているかわからない会話に苛々させられる」の指摘は、全く修正されていない。

よくよく熟読すれば、語り手は分かる。だが、エンターテインメントにおいて、読者に熟読を求めるのは下の下である。読者は見放す。台詞が上手い作家は黒川博行氏である。黒川作品は、台詞が延々と続くものが多いが、誰が喋っているのかは歴然と分かる。『道徳』と黒川作品を読み比べてみると良い。

「なるほど、こう書くのか。こう書いてはダメなのか」という、台詞の書き方のキーポイントが歴然と見えてくる。『道徳』は悪見本である。

次に、動機。『道徳』には三つの動機が出てくる。十三年前に小学校の講堂の講演会という衆人環視状態の中で起きた殺人事件の犯人の動機。

第二は、その事件を掘り起こしてドキュメンタリー映画を制作しようとしている越智冬菜という女性の制作動機。

第三は、池井戸氏が「過去の事件と現代の事件が結び付かない」と指摘している、その「現代の事件」を引き起こす少年たちの動機。

私は池井戸氏のように「ばかばかしい限りで言葉もない」とまでは思わない。人間は多種多様だから、こういう動機(発想法)を持つ人間が出ても不思議ではない。

第一の動機は「自分は、小説家になりたい。有名人になれば、小説が売れる。そのために衆人環視の中で殺人事件を起こし、刑務所の中で執筆する」で、これを池井戸氏は「ばかばかしい」と思ったのだろうが、未成年で連続射殺事件を引き起こして死刑になった永山則夫の実例があるのだから、馬鹿げているとまでは言い切れない。

問題は、この動機(目的)を達成する手段として採った方法がベストではないことである。第二、第三の動機も、それ単独ならば、有り得ないとまでは思わない。

しかし、いずれも、ベストの方法ではないどころか、ベターの方法ですらない。三つの動機があって、全部が「通常であれば、こんな方法は採用しない。もっとマシな方法が、いくらでも考えられる」となると、これは物語を恣意的にそっちの方向(不可解な謎に読者を引っ張り込もうと企図する)にネジ曲げたご都合主義と言わざるを得ない。

その謎に引っ張り込まれれば辻村深月氏の「続きはどうなるのか、と読者に思わせる作内の謎が際立って見事だった」とか石田衣良氏の「この作品だけが魅力的な謎と設定を描けていた」とか有栖川有栖氏の「ミステリとしての面白さで他を圧している」という感想に繋がるのだが、引っ張り込まれなければ「馬鹿げている」「有り得ない」と、シラケる方向に行くことになる。

魅力的で不可解な謎を設定するのは良い。それはミステリーの根幹と言える。しかし、そこにご都合主義を大量に盛り込んではいけない

非常識な行動をとる人間が登場人物の一部なら許せるが、全員では、アウトである。

 あなたの応募原稿、添削します! 受賞確立大幅UP!

 若桜木先生が、江戸川乱歩賞を受賞するためのテクニックを教えます!

 江戸川乱歩賞講座

 受賞できるかどうかは、書く前から決まっていた!

 あらすじ・プロットの段階で添削するのが、受賞の近道!

 あらすじ・プロット添削講座

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。