新人賞に一般読者向けの趣向は必要か?
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【特別企画】 下村敦史×若桜木虔 WEB対談 開催中!(2016/12/12~)
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文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
新人賞が求めること、読者が求めること
公募ガイドのウェブサイト上で、江戸川乱歩賞受賞作家の下村敦史さんと交わしている対談をお読みの方は承知していると思うが、新人賞の求める要件と一般読者が求めることの間には、かなり大きな乖離がある。
私がカルチャー・センターや通信添削で作品の欠点を指摘していると「先生。それでは、一般読者に受けないと言うか、受け入れられないと思いますが」と抗議してくる生徒が相当数いる。
しかし、新人賞を受賞しなければ、その作品が一般読者の目に触れることは絶対にない。だから、一般読者の読書嗜好を考えることは全く意味がない。
それどころか、一般読者の嗜好を念頭に置いて新人賞応募作に取り組むことは「百害あって一利なし」となる事例さえ、多々ある。
そういう観点で、今回は第十九回の鮎川哲也賞を『午前零時のサンドリヨン』で受賞した相沢沙呼さんの『マツリカ・マジョルカ』を取り上げる。これは『原始人ランナウェイ』『幽鬼的テレスコープ』『いたずらディスガイズ』『さよならメランコリア』の四作から成る短編連作で、全体として長編になる構成を採っている。
これは、新人賞に応募したら確実に一次選考で落とされる(一次選考でベスト20程度の本数に絞り込むレベルの新人賞の場合)作品である。
高校生ぐらいの一般読者には受け入れられるだろうが、まず、選考委員には絶対に受け入れられない。
そういう点で、新人賞を狙うアマチュアにとって、逆の意味で非常に参考になる作品なので、どこが選考委員には受け入れられないか、箇条書き的に列挙していくことにする。
①主人公の柴山祐希が一年生として通う高校は、進学エリート校でも、最下層の底辺オチこぼれ校でもない。
ごくごく平凡な学校である。
この舞台設定だけで、まず九十九%以上の確率で一次選考落ちする。
そういう学校の情景は誰でも容易に想像できる。だから、取り上げるエピソードも必然的に既視感(どこかで見たような話)だらけになる。
そういう作品が新人賞受賞作として市場に出回ることは絶対にない。
なぜなら新人賞は「他の人が書けないような作品を発掘する」場だからである。「平凡な学校を舞台にした青春小説」は、山のように送られてくるから、十把一絡げで束にして落とされ、その結果として、陽の目を見ないことになる。
ところが、ひとたび新人賞を受賞すると、「一般読者の嗜好に合った作品」を編集部から求められる。
学業優秀でも、落ちこぼれでもない青少年、偏差値が50前後の生徒は世の圧倒的多数を占める。だから『マツリカ』のような作品に対する市場の需要は意外に多い。
その辺りを履き違えると、永久に新人賞受賞の栄冠には手が届かないことになる。
②主人公の祐希が劣等生で人見知りで、言いたいことも満足に言えない性格で、三年生の美少女のマツリカに、良いように奴隷も同然に扱き使われる。そこが本のタイトルになっている。
こういう「ダメ主人公」も新人賞の応募落選作には山ほどある。
要するに、そういうタイプの主人公は書き易いから応募作の多数派を占め、また、読者の嗜好からいっても「こいつ、つくづく駄目なヤツだな。でも、いるよな、そういうヤツがクラスに一人や二人」と優越感に浸りながら読める。
だから、一般受けするわけで、新人賞受賞作から受賞第一作でガラリと作風を一変させる作家は、この手の「変身」をすることが実に多い。
で、着実にファン層を掴んで文壇に定着する事例が多い。
せっかく新人賞を受賞しながら、五作ぐらいのうちに文壇から影も形もなく消え失せる作家が多い理由は、「選考委員の求めることと一般読者の求めること」の違いを見極めることができないからである。
この違いは、ジャンルによって、極端に大きかったり、さほど大きくなかったりする。
さほど大きくなければ、明確な意識を持っていなくても、幸運にも読者に見放されず、文壇に生き残れる。
ミステリーなら、トリックに頼るタイプの作品は「トリック大好きの読者」を取り込んで、生きられる。
だが、あいにく、トリックは「無尽蔵に捻り出せるものではない」という性質を持っている。
そうすると「トリックはイマイチだが、読者に受ける作品」に方向転換をしなければファンに見放される。
たとえば、そういう方向転換を巧みにやってのけた作家に東川篤哉さんがいる。トリック的には明らかに初期の『密室の鍵貸します』『密室に向かって撃て!』『完全犯罪に猫は何匹必要か?』のほうが、本屋大賞を受賞した『謎解きはディナーのあとで』よりも上を行っている。
相沢さんの『マツリカ』もトリック的には受賞作の『サンドリヨン』と比べて、全く大したことはない。
この辺りにポイントを置いて『マツリカ』や東川さんの古い作品と新しい作品を読み比べると、応募作においてやったらNGの要素が見えてくるはずである。
受賞できるかどうかは、書く前から決まっていた! あらすじ・プロットの段階で添削するのが、受賞の近道!
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自分に合った文学賞はどれ? どこに応募すればいい? あなたの欠点を添削しつつ、応募すべき文学賞を教えます。
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若桜木先生が送り出した作家たち
日経小説大賞 |
西山ガラシャ(第7回) |
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小説現代長編新人賞 |
泉ゆたか(第11回) 小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
朝日時代小説大賞 |
木村忠啓(第8回) 仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
新沖縄文学賞 |
梓弓(第42回) |
歴史浪漫文学賞 |
扇子忠(第13回研究部門賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。
文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
新人賞が求めること、読者が求めること
公募ガイドのウェブサイト上で、江戸川乱歩賞受賞作家の下村敦史さんと交わしている対談をお読みの方は承知していると思うが、新人賞の求める要件と一般読者が求めることの間には、かなり大きな乖離がある。
私がカルチャー・センターや通信添削で作品の欠点を指摘していると「先生。それでは、一般読者に受けないと言うか、受け入れられないと思いますが」と抗議してくる生徒が相当数いる。
しかし、新人賞を受賞しなければ、その作品が一般読者の目に触れることは絶対にない。だから、一般読者の読書嗜好を考えることは全く意味がない。
それどころか、一般読者の嗜好を念頭に置いて新人賞応募作に取り組むことは「百害あって一利なし」となる事例さえ、多々ある。
そういう観点で、今回は第十九回の鮎川哲也賞を『午前零時のサンドリヨン』で受賞した相沢沙呼さんの『マツリカ・マジョルカ』を取り上げる。これは『原始人ランナウェイ』『幽鬼的テレスコープ』『いたずらディスガイズ』『さよならメランコリア』の四作から成る短編連作で、全体として長編になる構成を採っている。
これは、新人賞に応募したら確実に一次選考で落とされる(一次選考でベスト20程度の本数に絞り込むレベルの新人賞の場合)作品である。
高校生ぐらいの一般読者には受け入れられるだろうが、まず、選考委員には絶対に受け入れられない。
そういう点で、新人賞を狙うアマチュアにとって、逆の意味で非常に参考になる作品なので、どこが選考委員には受け入れられないか、箇条書き的に列挙していくことにする。
①主人公の柴山祐希が一年生として通う高校は、進学エリート校でも、最下層の底辺オチこぼれ校でもない。
ごくごく平凡な学校である。
この舞台設定だけで、まず九十九%以上の確率で一次選考落ちする。
そういう学校の情景は誰でも容易に想像できる。だから、取り上げるエピソードも必然的に既視感(どこかで見たような話)だらけになる。
そういう作品が新人賞受賞作として市場に出回ることは絶対にない。
なぜなら新人賞は「他の人が書けないような作品を発掘する」場だからである。「平凡な学校を舞台にした青春小説」は、山のように送られてくるから、十把一絡げで束にして落とされ、その結果として、陽の目を見ないことになる。
ところが、ひとたび新人賞を受賞すると、「一般読者の嗜好に合った作品」を編集部から求められる。
学業優秀でも、落ちこぼれでもない青少年、偏差値が50前後の生徒は世の圧倒的多数を占める。だから『マツリカ』のような作品に対する市場の需要は意外に多い。
その辺りを履き違えると、永久に新人賞受賞の栄冠には手が届かないことになる。
②主人公の祐希が劣等生で人見知りで、言いたいことも満足に言えない性格で、三年生の美少女のマツリカに、良いように奴隷も同然に扱き使われる。そこが本のタイトルになっている。
こういう「ダメ主人公」も新人賞の応募落選作には山ほどある。
要するに、そういうタイプの主人公は書き易いから応募作の多数派を占め、また、読者の嗜好からいっても「こいつ、つくづく駄目なヤツだな。でも、いるよな、そういうヤツがクラスに一人や二人」と優越感に浸りながら読める。
だから、一般受けするわけで、新人賞受賞作から受賞第一作でガラリと作風を一変させる作家は、この手の「変身」をすることが実に多い。
で、着実にファン層を掴んで文壇に定着する事例が多い。
せっかく新人賞を受賞しながら、五作ぐらいのうちに文壇から影も形もなく消え失せる作家が多い理由は、「選考委員の求めることと一般読者の求めること」の違いを見極めることができないからである。
この違いは、ジャンルによって、極端に大きかったり、さほど大きくなかったりする。
さほど大きくなければ、明確な意識を持っていなくても、幸運にも読者に見放されず、文壇に生き残れる。
ミステリーなら、トリックに頼るタイプの作品は「トリック大好きの読者」を取り込んで、生きられる。
だが、あいにく、トリックは「無尽蔵に捻り出せるものではない」という性質を持っている。
そうすると「トリックはイマイチだが、読者に受ける作品」に方向転換をしなければファンに見放される。
たとえば、そういう方向転換を巧みにやってのけた作家に東川篤哉さんがいる。トリック的には明らかに初期の『密室の鍵貸します』『密室に向かって撃て!』『完全犯罪に猫は何匹必要か?』のほうが、本屋大賞を受賞した『謎解きはディナーのあとで』よりも上を行っている。
相沢さんの『マツリカ』もトリック的には受賞作の『サンドリヨン』と比べて、全く大したことはない。
この辺りにポイントを置いて『マツリカ』や東川さんの古い作品と新しい作品を読み比べると、応募作においてやったらNGの要素が見えてくるはずである。
受賞できるかどうかは、書く前から決まっていた!
あらすじ・プロットの段階で添削するのが、受賞の近道!
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自分に合った文学賞はどれ? どこに応募すればいい?
あなたの欠点を添削しつつ、応募すべき文学賞を教えます。
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若桜木先生が送り出した作家たち
日経小説大賞 | 西山ガラシャ(第7回) |
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小説現代長編新人賞 | 泉ゆたか(第11回)
小島環(第9回)
仁志耕一郎(第7回)
田牧大和(第2回)
中路啓太(第1回奨励賞) |
朝日時代小説大賞 | 木村忠啓(第8回)
仁志耕一郎(第4回)
平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 | 山田剛(第17回佳作)
祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 | 近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 | 有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 | 風花千里(第9回佳作)
近藤五郎(第9回佳作)
藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 | 鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 | 松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 | 時武ぼたん(第4回)
わかたけまさこ(第3回特別賞) |
新沖縄文学賞 | 梓弓(第42回) |
歴史浪漫文学賞 | 扇子忠(第13回研究部門賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。