新人賞を射止める秘策は選者を感心させることにある


【特別企画】 下村敦史×若桜木虔 WEB対談 開催中!(2016/12/12~)
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文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
受賞に必要な要素
新人賞受賞は絶対評価ではなく、相対評価で、どんな傑作を書いても、それを上回る応募作とバッティングすれば受賞できないし、凡作でも、それ以上の作品がなければ射止められる。でも、後者の幸運に頼るのは将来的にプロ作家として生計の維持が可能なほどの高収入を得よう、と志すのであれば、感心しない。
実力不足の状態で新人賞を射止めても、その後のプロ作家生活の中で実力を伸ばしていくことができなければ、結局は文壇から消えていく。
で、今回は、このレベルの作品を書けば、まず新人賞を射止められるだろう、という作品を新人賞受賞作以外から一つ、紹介することにする。
それは橘玲『タックスヘイブン』である。なお橘さんは、さほど文章は巧くないので、そこは模倣しないように、注意しておく。
とにかく新人賞を射止めるキーポイントは「選者を感心させること」だと、当講座でも何度となく繰り返し言っているが、『タックスヘイブン』には、その要素が幾つも、凝縮して盛り込まれている。
それを箇条書き的に挙げていくことにしよう。
①選考委員が知らないであろう専門的知識で唸らせる。
『タックスヘイブン』は、タイトルどおり、どうやって税金を逃れるかの手法が、世界規模で描かれている。デビュー作『マネーロンダリング』もそうだったが、橘さんは金融方面の専門家で、恐ろしく詳しい。
おそらく、フィクションも多少は入っているとは思うが、どこからが虚構なのか全く分からない。全部が真実に思えてくる。
私は「金融小説を書け」と勧めているわけではない。「おそらく、選考委員が知らないであろう専門知識を注ぎ込んだ作品を書け」とアドバイスしているので、どのくらい注ぎ込めば良いのかの目安という点で『タックスヘイブン』は参考になる。
専門知識と言っても、学校教員と介護職員は応募作品数が多すぎて、選考委員が感心しないからダメ、というのは、いつも述べている通り。
②登場人物のキャラを立てる。作中のキャラが立っている人物は多ければ多いほど良い。
主人公は古波蔵佑と牧島慧という高校の同級生同士の二人で、物語はこの二人の交互視点で進行し、そこに、やはり高校の同級生だった北川紫帆という絶世の美女のヒロインが絡む。古波蔵は金融のプロの悪党で、牧島と紫帆は冒頭では被害(紫帆の夫の不審死)に巻き込まれただけの善人のように見える。
が、徐々に紫帆が札付きの悪女だと分かってくるし、紫帆に振り回される牧島も、必ずしも善人とは言い切れない。で、物語が進展すると、登場人物の大多数が悪党である事実が、分かってくる。
しかも、その悪党たちの全員が、自分なりの思想と信念に従って動いている。その思想が、それぞれ違うが故に、物語の中でぶつかり合い、先の読めない展開になっていく。
下手なアマチュアが書くと、悪党は小悪党にしかならず、正義と悪の二極対立に、ついつい描きがち。こうなると、正義が勝つ結末が見えてしまって、先行きの興味
が、一気にそがれる。つまり竜頭蛇尾に堕する。
主要登場人物の全員が大悪党となれば、誰が最終的に勝利を得るのかは全く読めない。単独主人公なら、主人公の敗北で物語が終わる可能性は、まずないと予測がつくが、二人主人公だと片方が死ぬエンディングも有り得るし、高校の同級生同士でも仲良しで終わるのか、仲違いして終わるのか、幾通りも結末が考えられるので予測が付きにくい。
実際『タックスヘイブン』は私の予想どおりのエンディングだったが、いくつもパターンを考えた内の一つの終わり方だったので、正確に結末が見抜けたわけではない。この手法は、是非とも新人賞を狙うアマチュアには真似してほしい。
③主人公以外の人物に、一人二役をやらせる。
『タックスヘイブン』には一人二役を演じる人間が何人も出てくる。
この手法で、誰が真の敵なのか、そもそも敵なのか味方なのかさえもが渾然として、先の展開が分からなくなってくる。
ヒロインの紫帆も、物語の展開に連れて、いくつもの姿を持っている事実が明らかになってきて、どれが真実の姿なのかが分からず、これが紫帆と行動を共にする牧島を、徹頭徹尾、振り回す。
こういう「複雑で読みにくいヒロイン像」も新人賞を狙うキャラ立てとしては推奨したい。
『タックスヘイブン』で平凡な人間は、ごくたまに出てくる、ちょい役の人間だけである。
十人近い登場人物の全員を札付きのスケールの大きな悪党に仕立てた手法は見事で、執筆前に登場人物のキャラ立ての一覧表を作成し、これでもか、というほど練り込まないと、なかなか、こう巧くは行かない。
端役に見えた人間が、後になると実はキーパーソンだった、と判明する手法も随所に採られているので、『タックスヘイブン』を読むに際しては全登場人物をメモしながら読むようにすると、新人賞を射止めるのに必要な構成手法が見えてくるように思う。
受賞できるかどうかは、書く前から決まっていた! あらすじ・プロットの段階で添削するのが、受賞の近道!
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自分に合った文学賞はどれ? どこに応募すればいい? あなたの欠点を添削しつつ、応募すべき文学賞を教えます。
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若桜木先生が送り出した作家たち
日経小説大賞 |
西山ガラシャ(第7回) |
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小説現代長編新人賞 |
泉ゆたか(第11回) 小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
朝日時代小説大賞 |
木村忠啓(第8回) 仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
新沖縄文学賞 |
梓弓(第42回) |
歴史浪漫文学賞 |
扇子忠(第13回研究部門賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。
文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
受賞に必要な要素
新人賞受賞は絶対評価ではなく、相対評価で、どんな傑作を書いても、それを上回る応募作とバッティングすれば受賞できないし、凡作でも、それ以上の作品がなければ射止められる。でも、後者の幸運に頼るのは将来的にプロ作家として生計の維持が可能なほどの高収入を得よう、と志すのであれば、感心しない。
実力不足の状態で新人賞を射止めても、その後のプロ作家生活の中で実力を伸ばしていくことができなければ、結局は文壇から消えていく。
で、今回は、このレベルの作品を書けば、まず新人賞を射止められるだろう、という作品を新人賞受賞作以外から一つ、紹介することにする。
それは橘玲『タックスヘイブン』である。なお橘さんは、さほど文章は巧くないので、そこは模倣しないように、注意しておく。
とにかく新人賞を射止めるキーポイントは「選者を感心させること」だと、当講座でも何度となく繰り返し言っているが、『タックスヘイブン』には、その要素が幾つも、凝縮して盛り込まれている。
それを箇条書き的に挙げていくことにしよう。
①選考委員が知らないであろう専門的知識で唸らせる。
『タックスヘイブン』は、タイトルどおり、どうやって税金を逃れるかの手法が、世界規模で描かれている。デビュー作『マネーロンダリング』もそうだったが、橘さんは金融方面の専門家で、恐ろしく詳しい。
おそらく、フィクションも多少は入っているとは思うが、どこからが虚構なのか全く分からない。全部が真実に思えてくる。
私は「金融小説を書け」と勧めているわけではない。「おそらく、選考委員が知らないであろう専門知識を注ぎ込んだ作品を書け」とアドバイスしているので、どのくらい注ぎ込めば良いのかの目安という点で『タックスヘイブン』は参考になる。
専門知識と言っても、学校教員と介護職員は応募作品数が多すぎて、選考委員が感心しないからダメ、というのは、いつも述べている通り。
②登場人物のキャラを立てる。作中のキャラが立っている人物は多ければ多いほど良い。
主人公は古波蔵佑と牧島慧という高校の同級生同士の二人で、物語はこの二人の交互視点で進行し、そこに、やはり高校の同級生だった北川紫帆という絶世の美女のヒロインが絡む。古波蔵は金融のプロの悪党で、牧島と紫帆は冒頭では被害(紫帆の夫の不審死)に巻き込まれただけの善人のように見える。
が、徐々に紫帆が札付きの悪女だと分かってくるし、紫帆に振り回される牧島も、必ずしも善人とは言い切れない。で、物語が進展すると、登場人物の大多数が悪党である事実が、分かってくる。
しかも、その悪党たちの全員が、自分なりの思想と信念に従って動いている。その思想が、それぞれ違うが故に、物語の中でぶつかり合い、先の読めない展開になっていく。
下手なアマチュアが書くと、悪党は小悪党にしかならず、正義と悪の二極対立に、ついつい描きがち。こうなると、正義が勝つ結末が見えてしまって、先行きの興味
が、一気にそがれる。つまり竜頭蛇尾に堕する。
主要登場人物の全員が大悪党となれば、誰が最終的に勝利を得るのかは全く読めない。単独主人公なら、主人公の敗北で物語が終わる可能性は、まずないと予測がつくが、二人主人公だと片方が死ぬエンディングも有り得るし、高校の同級生同士でも仲良しで終わるのか、仲違いして終わるのか、幾通りも結末が考えられるので予測が付きにくい。
実際『タックスヘイブン』は私の予想どおりのエンディングだったが、いくつもパターンを考えた内の一つの終わり方だったので、正確に結末が見抜けたわけではない。この手法は、是非とも新人賞を狙うアマチュアには真似してほしい。
③主人公以外の人物に、一人二役をやらせる。
『タックスヘイブン』には一人二役を演じる人間が何人も出てくる。
この手法で、誰が真の敵なのか、そもそも敵なのか味方なのかさえもが渾然として、先の展開が分からなくなってくる。
ヒロインの紫帆も、物語の展開に連れて、いくつもの姿を持っている事実が明らかになってきて、どれが真実の姿なのかが分からず、これが紫帆と行動を共にする牧島を、徹頭徹尾、振り回す。
こういう「複雑で読みにくいヒロイン像」も新人賞を狙うキャラ立てとしては推奨したい。
『タックスヘイブン』で平凡な人間は、ごくたまに出てくる、ちょい役の人間だけである。
十人近い登場人物の全員を札付きのスケールの大きな悪党に仕立てた手法は見事で、執筆前に登場人物のキャラ立ての一覧表を作成し、これでもか、というほど練り込まないと、なかなか、こう巧くは行かない。
端役に見えた人間が、後になると実はキーパーソンだった、と判明する手法も随所に採られているので、『タックスヘイブン』を読むに際しては全登場人物をメモしながら読むようにすると、新人賞を射止めるのに必要な構成手法が見えてくるように思う。
受賞できるかどうかは、書く前から決まっていた!
あらすじ・プロットの段階で添削するのが、受賞の近道!
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自分に合った文学賞はどれ? どこに応募すればいい?
あなたの欠点を添削しつつ、応募すべき文学賞を教えます。
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若桜木先生が送り出した作家たち
日経小説大賞 | 西山ガラシャ(第7回) |
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小説現代長編新人賞 | 泉ゆたか(第11回)
小島環(第9回)
仁志耕一郎(第7回)
田牧大和(第2回)
中路啓太(第1回奨励賞) |
朝日時代小説大賞 | 木村忠啓(第8回)
仁志耕一郎(第4回)
平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 | 山田剛(第17回佳作)
祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 | 近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 | 有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 | 風花千里(第9回佳作)
近藤五郎(第9回佳作)
藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 | 鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 | 松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 | 時武ぼたん(第4回)
わかたけまさこ(第3回特別賞) |
新沖縄文学賞 | 梓弓(第42回) |
歴史浪漫文学賞 | 扇子忠(第13回研究部門賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。