佳作「ボタンに気がついた日 笠島崇史」
次の授業は体育だった。教室で着替えているときに、偶然に見えてしまった、大親友のかっちゃんの頭頂部。そこに、小さく赤い押しボタンのようなものが紙の中に埋まっているのが見えて、僕は首を傾げた。
「かっちゃん、それなに?」
「なにが?」
指を指して訊ねたが、かっちゃんは何について訊かれたのか分からないようだった。
「ここの所にある、赤いボタンみたいなやつ」
「は? なにって、ただのボタンだろ?」
僕が自分の頭を指差すと、かっちゃんは当たり前のことを訊くなよ、という風になんでもなさそうに答えてくれた。
「というか、お前よく見るとボタンついてなくね? なんで?」
その上、かっちゃんは僕の頭を凝視してスイッチがないことに気づくと、不思議そうに聞いてきた。
「かっちゃん、どうしたの? 普通、ボタンなんてついてないよ?」
「お前こそどうした? ボタンは誰にでもついているもんじゃんか」
僕はかっちゃんの頭がおかしくなってしまったのかと思って心配したが、かっちゃんには逆に心配されてしまった。
「よく見てみろよ。タクヤにもカズキにもアツシにも、皆についてるだろ」
かっちゃんに言われて、タクヤ達の頭頂部をよく見てみると、本当に同じような押しボタンらしきものがついていた。
「これ、取り外せるのか? 頭洗うときとか、邪魔なんだよなぁ。俺にも教えてくれよ」
「う、うん。また今度ね……」
その後、僕は授業に集中できず、ぼうっとしながら体育を受けた。よく見てみると、自分以外のクラスメイトの皆や先生を含めた全員についているのが分かった。
僕は、自分がおかしいのだと思った。だって、僕にだけボタンがないのだ。皆が皆、ついているのに。
学校が終わると、僕はすぐに家へ走った。両親に出来るだけ早く訊きたかったからだ。
家へ辿り着くと、勢いよく玄関を開けた。
「ただいま!」
リビングに駆け込むと、ランドセルを放り捨て、晩御飯を作るお母さんがいるであろうキッチンの方へと向かった。
「お母さん! どうしよう!?」
「あら、どうしたの? そんなに慌てて」
僕はお母さんに事情を説明した。ボタンの存在に気がついたこと。皆にはあって、僕にだけないこと。僕がおかしいんじゃないかと思うこと。
「心配しなくても、なにもおかしいところなんてないわ。少し、人と違うだけよ」
そう言ってくれるお母さんの頭にもボタンはついていた。どうして今まで気づかなかったんだろう。
「でも、僕にはボタンが……」
「大丈夫。あなたにもあるわ。ただ、取ったり付けたりできる種類だったから、壊しちゃいけないと思って取り外しておいたのよ」
「そうなんだ……、よかったぁ」
僕にもボタンがちゃんとあったようだった。それを聞いて、僕はほっと気が緩んで床にへたりこんでしまった。
お父さんが帰ってきて、三人で晩御飯を食べているとき、僕は気になっていたことを訊いてみることにした。
「ボタンを押すと、どうなるの?」
「そっか。ボタンに気づいたんだったな」
お父さんは、少しだけ寂しそうな目をすると、僕の頭を優しく撫でた。
「今日の夜、寝る前に自分で押してごらん」
「いいの?」
「いつもは、俺たちが押してたんだよ」
僕は、寝るときが楽しみになった。最初、ボタンに気づいたときは不気味に感じ、怖いと思ったけれど、自分にもボタンがあると分かったら、その怖さも薄れてしまった。
ボタンを押すとどうなるのだろう、胸にドキドキワクワクする気持ちを抱きながら、布団に入った。
「これが、お前のボタンだよ」
そういって父から渡されたボタンは、かっちゃん達のものと違ってすごく機械的だった。
「銀色で格好いいや! ねえ、押していい?」
僕の言葉に、父が頷いたのを見て、僕はそのボタンを押した。そして、僕は――。
モニターの中で少年がボタンを押すと、その瞬間、世界は電子の波に包まれた。数秒して波が収まると、少しだけ要素を変えた世界の中、新たな記憶を持つ少年が両親に挟まれ、幸せそうに眠っている姿が映されていた。
モニターごしに観測していた研究員が、手元の用紙に実験記録を記入する。その用紙には『電子仮想世界における人工知能の反応実験』というタイトルが記されていた。