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佳作「ハンドス~最上段の光~ 家間歳和」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第11回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「ハンドス~最上段の光~ 家間歳和」

陽光が選手二人の陰影を濃く描く。

競技場右側の観客席は、チャンピオン板橋大輔の名を叫ぶ声援で満たされていた。左側はチャレンジャー景浦夏樹を応援する声で……と言いたいところだが、実際は左側も三分の一強は板橋への声援だ。これが現実。今の両者の人気の差である。

「オンユアマーク」という、スターターの声が響き、二人はスタート地点に歩を進めた。眼前には勝負を決する五百段の石段と、その左右をうめた満員の観客があふれる。

この「ハンドス」という競技が誕生したのは、今から九年前のこと。正式名称は「ハンドレッドステップス」という。ルールは単純明快。百段単位の石段を二人でのぼる速度を競うだけ。とてもシンプルな競技だ。

始まりはテレビ局が企画したお遊び番組。陸上短距離の日本大会王者と日本記録保持者が、神社の石段のぼり競走で対決した。これが予想外の盛りあがりとなり、人気沸騰。レギュラー番組化が決まり、競技化が決まり、大会が定期開催され、プロ選手が誕生するという、トントン拍子のステップアップであった。今や日本を代表するプロスポーツのひとつと言っても過言ではない。

「ゲットセット」というスターターの声で、景浦は右足を引き、低い姿勢で構えた。右に並ぶ板橋は、高い前傾姿勢のまま石段上部をにらんでいる。景浦の心音が激しく踊る。

「ゴー」の声とともにピストル音が鳴った。景浦は右足から、スタートを切った。

発足当初は神社等の長い石段を使って行われた。ゆえに場所によって異なる段数や傾斜は、試合ごとにまちまちであった。競技条件統一が叫ばれ始めたのは、大会化決定のあとだ。そこで、ハンドス専用の競技場が各地で作られるようになり、国民のハンドス熱は、より高まる。百段競技、三百段競技、五百段競技等、多種の競技が行われたが、プロ競技は、五百段競技に統一された。「ファイブハンドス」と呼ばれるこのプロ競技は、絶対的チャンピオン板橋大輔の登場で、さらにヒートアップすることになったのだ。

景浦はスタート直後から、全力で足の回転を速めた。背中をやや丸め、クラウチングスタイルで一段ずつ、足の速さでスピードを出すのが彼のスタイルだ。ややうつむき加減になり、観客からは表情が見づらいので、あまりファンからは好まれない。

一方、板橋のスタイルは、高い姿勢のまま足を大きく上げ、一段飛ばしでのぼるスタイルだ。ルール上、一段飛ばしはOK。二段飛ばし以上は反則となる。顔は常に進行方向上部に向いているため、観客からは表情が見やすい。端正な顔立ちの板橋は、このスタイルで女性ファンのハートをつかんでいた。

素人目には一段飛ばしが有利に見えるが、決してそうではない。身体の動きが大きいため、ワンステップの速度が遅れる。逆に、極力身体の動きを小さくしたクラウチングスタイルは、一段飛ばしの倍以上の回転数が可能なため、スピードは高まるのだ。

景浦はスタートダッシュで板橋を引き離した。いかに前半で貯金を作れるか。それが勝負の分かれ目と、景浦は計算していた。

病弱な娘の顔が浮かぶ。苦労の絶えない妻の顔が浮かぶ。年老いた親の顔が浮かぶ。負けたくない。景浦は力の限り足を動かす。バイトを続けつつ鍛錬に励んだ日々。大事な試合で敗れ、足踏みしたランキング。後発デビューした板橋の才能への嫉妬。悔しさ。情けなさ。そして、ついに、ついに手にしたこのチャンス。どうしても、勝ちたい……。

全力の五百段は辛く長い。景浦の課題は持久力だ。歩数は一段飛ばしの倍。どうしても後半に体力が低下する。板橋は前半で体力を温存し、後半の逆転が試合運びの定番。それを許さない貯金が景浦には必要なのだ。

三分の二を過ぎたあたりでチラリと後ろをうかがう。大丈夫だ。充分な距離を保っている。いくら板橋でも、この差は逆転不可能。そう確信した瞬間……地を揺るがす観衆の声が響いた。再び後方をうかがう。板橋だ。近い。異常な速度。逆転王板橋の本気だ。

最後の力をふりしぼる。だが思うように足が動かない。板橋が迫る。ふりしぼる。動かない。迫る。ゴールが見える。ふりしぼる。ふりしぼる。ゴール、の直前。右横を板橋が通り抜けた! ま、負けた……。

大歓声の中、景浦は大の字に倒れ、天をにらんだ。晴天のはずの空に光はなかった。

主審が笛を吹き、試合結果を告げる。

「板橋選手、二段飛ばしの反則により失格とします。勝者は、景浦夏樹選手です!」

予想を超えた景浦の脚力に、あせった板橋は最終歩を二段飛ばししたのだった。

驚きの声とブーイングが入りまじり、やがて景浦をたたえる拍手へと転じた。

景浦を包む空は、光で埋めつくされた。