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佳作「交換しましょ いとうりん」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第13回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「交換しましょ いとうりん」

今、クラスでは『名刺交換ごっこ』が流行っている。生徒がそれぞれ作った名刺を交換していく遊びだ。

「ワタクシ、こういうものです」

「これはこれは、ごていねいに」

そんな無邪気なやりとりを見ていると、教師になって本当によかったと思う。教師二年目で初めての担任。クラスの子供たちはみんな素直で可愛い。

「先生の名刺はないの?」

休み時間に生徒たちに囲まれた。

「先生の名刺欲しいな」

みんなにせがまれて、夜なべをして名刺を作った。パソコンは使わず、一枚一枚手書きした。ピンクの厚紙を切って、紫のペンで名前を書く。

『二年二組たんにん たかなし ゆみ』

女の子が好きそうなキラキラペンで飾りを付けて、シルバーのデコペンで「ヨロシク」と書き、赤いハートのシールをちりばめた。三〇人の生徒の顔を浮かべながら書いた。

翌日、朝の連絡事項を終えてから、生徒全員に名刺を配った。

「わあ、可愛い」「すげえ」と大好評だった。

職員室に行くと、隣のクラスの桜庭先生に叱られた。いつものことだ。

「高梨先生、ホームルームで何騒いでるの? 私のクラスは読書タイムなのよ。うるさくて集中できないわ。だいたいその服装と髪型は何? ちょっと派手じゃないかしら。いつまでも学生気分じゃ困るのよ」

いつもの小言。もう聞き飽きた。悪いけど、桜庭先生より私の方が生徒に人気がある。

そんな自信が揺らぐ出来事が、翌日起きた。桜庭先生がいつにも増して怒っている。

「高梨先生、私の花壇を荒らしたわね。ちょっと叱ったくらいで何するのよ」

「知りませんよ。花壇なんて荒らしてません」

「じゃあこれは何? 花壇の端に落ちてたわ」

桜庭先生が目の前にかざしたのは、私が作って生徒に配った名刺だった。どういうことだろう。まさかうちのクラスの生徒が……。

それだけではなかった。他の先生たちからも苦情が殺到した。

「高梨先生、給湯室で茶碗割ったでしょう」

「知りません」

「だってあなたの名刺が落ちていたのよ」

「理科室の標本を倒したのは君か?」

「音楽室のピアノのふたを開けっぱなしにしたわね、高梨先生」

そんな調子で、私は朝から叱られ続けた。何の覚えもない。まさか生徒たちが悪戯して、それを私のせいにした? どうして?

帰りのホームルームで、私は生徒たちに語りかけた。

「みんな、昨日先生があげた名刺持ってる?」

しーんとしている。全員が下を向いた。

「この中に、桜庭先生の花壇を荒らしたり、お茶碗を割ったり、理科室の標本を倒したり、ピアノを使ってふたを閉めなかった人はいませんか? 正直に言えば先生は怒りません」

誰も手を上げない。ただ下を向いているだけだ。まさか全員で私を陥れようとした? 好かれていると思ったのは、大きな勘違いだったのだろうか。心が折れそうだ。

その時、数人の女生徒がしくしく泣きだした。つられたのか、生徒全員が泣き出した。

「ちょっと、泣いてもダメよ。悪戯をしたのは誰なの? クラス全員なの?」

「先生、私たち、悪戯なんかしてません」

クラスでリーダー格の女生徒が手を上げた。

「私たちは、先生の名刺を捨てただけです」

「え? 捨てた? どうして?」

「先生の名刺、キラキラしてて派手だったから、ママが見たらきっとまた悪口を言うから」

「悪口?」

「高梨先生の服はいつも派手だって」

「うちのママも言ってる。化粧が濃くてキャバ嬢みたいって」

「キャバ嬢?」

「ひらひらしたスカートで、チャラチャラしてるって。教師の自覚がないって」

出てくる、出てくる、私の悪口。

「だから、親に見つからないように、みんなで捨てました。先生ごめんなさい」

ああ、この子たちなりに、私を守ろうとしてくれた。私より、ずっと大人だ。私は、生徒と一緒になってボロボロ泣いた。

夕暮れの職員室、桜庭先生の机の引き出しをこっそり開けると、やっぱりあった。束になった私の名刺。私の人気をねたんだ桜庭先生の仕業だったのだ。また何をされるかわからないから、名刺は返してもらった。

桜庭先生が連絡帳を抱えて戻ってきた。私は微笑んで、名刺を一枚差し出した。

「桜庭先生、名刺交換しましょ」

慌てて引き出しを確認する桜庭先生。教師にふさわしくないのはあなたの方よ。だけど明日から、もう少し地味にしようと思う。私の可愛い生徒たちのために。