佳作「陰のある男 白浜釘之」
その若い男は、端正な顔立ちで実直そうに見えたが、たしかに『陰のある』という形容がぴったりくるような第一印象を受けた。
「それで、明るい印象になるように、ということですね」
男の話を聞いた私は、彼の話を要約して、笑顔で彼に問いかける。
「そうですね。そんなことが可能でしょうか?」
男は眉根を寄せて、真剣な表情で私に尋ねてくる。
「可能です。……と言いたいところですが、私ができるのはあくまで外見、つまり見た目を少しだけ改善することだけです。内面の問題はご本人に解決してもらわなくてはなりません」
「どういうことですか?」
「そうですね、たとえばきれいになって自信を持ちたい、という女性がいらっしゃるんですが、たしかに私の施すメイク技術で、多少美しくなることはできます。だけど、それでも自分に自信が持てず、うじうじしていたら他人に与える印象は今までと同じです」
「なるほど」
「だから、あなたも外見だけじゃなく、たとえば積極的に笑ってみる、とか自分でも明るい印象を与えるよう努力して下さい」
「わかりました」
真剣な顔で頷く彼に、
「そんなに肩肘張らずに……まあ、こちらで徐々に慣らしていきましょう」
私は、その若い男にメイクを施しながら、彼の話を思い出していた。
葬儀関係の仕事についたのだが、初めのうちはその実直そうで、少し陰のある顔立ちが顧客の信頼を得ていた。
しかしこの業界も競争が激化し、積極的に営業を行うようになってからは、彼のその容姿がかえって裏目に出てしまい、ほとんど契約が取れないのだという。
そこで、この私のメイクアップ教室にやって来たというわけだ。
実際、彼のように、最近は男性のお客さんも多い。
ただ、気軽な気持ちではない分、彼のように思い詰めている場合が多く、外見というよりはむしろ内面に問題がある場合が多い。
だから私は、顔色が明るくなるような簡単なメイクを教え、あとはそれに合うような表情や服装をアドバイスすることにしている。
そうすると、根が真面目な彼らは、暗示にかかるというか、メイクすることによって自分を変えることができるようになるのだ。
彼も、メイクを施して、何度か笑顔の練習をするだけでずいぶん『陰』が薄れてくるような印象を受けた。
「では、慣れてきたころ、また来てください。少しずつ上級者用のメイクをします」
「わかりました」
一週間後、彼が現れた時には以前とは別人のように快活な青年に見えた。
「おかげさまで、少しずつですけど契約が取れるようになってきました。先生のメイクのお蔭で積極性が出てきたおかげです」
「たしかに、顔色は良くなって見えますが、積極性はあなたが頑張って獲得したものですよ……では、今日はもう少し難しいメイクのやり方をお教えしますね」
「よろしくお願いします。……でも、こういう商売だからあんまり積極的に営業しないほうがいいと思っていたんですが、最近の人っていうのは、信仰心も薄いというか、先輩方の言う通りこちらから声をかけないと何をしていいかわからない、って言う人も多いんですよね」
積極性が増した彼は、以前とは比べ物にならないくらい明るく、饒舌になっていた。
「そうですね……今の時代、何ごとも積極的に動かなきゃダメなのかもしれませんね」
適当に相槌を打ちつつ、メイクを施す。
「いいですか……この部分にこうして明るい色を差すことで……」
と、その途中で救急車のけたたましいサイレンの音が聞こえてきた。
「すぐそこの交差点で交通事故があったそうです!」
若いスタッフが外に出て様子を伝える。
「大変だ! すぐ行かなきゃ」
メイク中だった彼は、慌てて体を起こすと、すぐにでも現場に向かおうという雰囲気だった。
「いくらなんでも事故現場に行くのは早すぎるでしょう」
私が言うと、
「何言ってるんです。この業界、早さが一番肝心なんですよ。今の人は信仰心が薄いから、最初に声かけた宗派に決めちゃうんですから……まったく。死神の世界も厳しくなりましたよ」
そう言って彼は、忽然と消えた。