佳作「形見の重み 天和蘭」
とある街なかに、思い出の品をリメイクしてくれる工房があった。小さい頃に集めたおもちゃや青春時代に貰ったプレゼント、親の形見から子供が幼かった頃の持ち物まで、昔懐かしい品々を、その一部を使用して粋な小物へと作り変えてくれるのだ。数年前にテレビなどで話題になった工房とは別の店だが、コンセプトはまったく同じである。
宮原香澄は、仕事でたまたま降り立った街で工房の看板を目にして、以来ずっとそのアトリエが気になっていた。作り変えてほしい思い出の品があったのだ。
香澄は暫くのあいだ悩んで、ついに気持ちが固まると、工房の番号へ電話をかけた。
「リメイクしていただきたい物があるので、順番の予約をしたいのですが」
テレビで特集されていた工房は、数ヶ月先まで予約が埋まってしまっていた。似たような店はどこも、人気で予約待ちという話だ。
「うちは特に予約制をとっていませんから、いつでもご都合のよろしい日に店舗までお持ちください。ただし、一週間以内にお願いします」
電話を切ると、香澄は喜んだ。
「予約なしてオーケーなんて、ラッキー」
翌日は丁度スケジュールが空いていたので、香澄は早速品物を持って、数駅離れたところにある工房まで足を運んだ。香澄を出迎えたのは、四十くらいの愛想の良い女主人だった。
「お持ちの物を、見せていただいても?」
香澄は頷いて、手に提げた紙袋の中からティッシュ箱ほどの大きさの箱を取り出した。
「失礼しますね」
女主人が箱の蓋を開けると、緩衝材に守られた椀型のガラスが二つ、並んで入っていた。
「これは……風鈴ですか」
「ええ、父の、形見なんです」
香澄は嘘をついた。本当は、五年も前に別れた恋人からのプレゼントだった。
「父は、硝子職人だったんです」
年下の恋人は、硝子職人「見習い」だった。
「そうですか。初めて作られた作品ですか?」
「……なぜ?」
やはり見習いの彼の作品は、職人の物というには拙すぎたらしい。香澄はヒヤリとした。
「いえ、職人の方なら作品は多く残してらっしゃるでしょうから、特別に思い入れのある作品となると、そういうものかしら、と思いまして」
「さすがですね」
「いえいえ」
二人、笑い合いながら、香澄の心中はちっとも穏やかではなかった。
「ところで宮原様、こちら本当に作り変えてしまってよろしいのでしょうか」
「と、言いますと?」
「ええ、お父様の形見ということですので、こちらこのままお持ちになっていた方がよろしいのでは、と」
女主人の言うことは、もっともだ。
「そうですね。でもうちはアパートなのでバルコニーに吊るすわけにはいきませんし、しまっておくくらいなら、持ち運べる物にでも変えてもらおうかな、と」
「あら、携帯出来るものになさいます? どういった物がよろしいかしら」
「ええと、全部そちらにおまかせします」
早く店を出たい一心だった。
「かしこまりました。精一杯やらせていただきますね。宮原様は、最後のお客様になるかもしれませんし」
「最後、ですか」
「ええ。うち、あとひと月で閉めちゃうんです。注文の受付は、今週いっぱいですし」
帰りの電車内で、香澄は考えた。
「あんまり儲かってなかったのかなあ。店長さんが、鋭すぎるせいかもね。人の思い出には、色々と事情があるものだもん」
二週間後、注文の品が完成したと電話がくると、香澄はまた、さっさと出かけていった。
「『おまかせ』ということでしたので、こちらで決めさせていただきました。アクセサリーなんて、邪魔になりません?」
香澄は大きく頷いた。
「最高です。肌身離さずつけていられるじゃないですか」
しかし、アクセサリーをチョイスするあたり、主人にはすっかり事情が解っているのに違いない。香澄は恥ずかしさに顔を赤らめて、ところが女主人の持ってきたリメイク品を見るなり、今度は、さっと青ざめた。
ティッシュ箱ほどの大きさの箱の中に、風鈴が二つ、まったく元の形のまま納まっていた。よくよく見ると、上部の紐だけがイヤリングパーツに替わっている。
香澄は一瞬にして、閉店の真相を悟った。
「つけてみますか」
言うなり主人が手際良く金具を開いて、香澄の耳朶を挟んだ。大きく垂れ下がった耳の下で、風鈴が一度、ちりん、と鳴った。