佳作「天使の贈り物 留志春」
昔むかしのことじゃ。通天閣さんの展望台にな、大きな天使が立ったんじゃよ。それはな、真っ白な袷に同生地の帯をしとってな、輝く金色の髪と七色に光る美しい七枚の羽を持っとった。そうしてミナミ全部が震えるような大声で、
「我はジャビエル。何千年もの昔からあんたら人類を見守ってきたものの眷族や。そやけど最近、あんたらがホンマに見守るに価するか、分からんようになってん。そこでや、わしらの心からの贈り物をここに置いとく。これは一年後に皆に多くの幸福をもたらすやろ。しかしそのとき、世に悪事が蔓延り、悪人が横行するようやと、人類の、いや大阪の三分の二が滅びる。よう肝に銘じとき」
そうゆうと天使は消え去ってしもうた。あとには巨大なタマゴみたいな、鈍い銀色の物体が残されたんや。今の新世界いう場所にな。
人々はそれはそれは驚き恐れた。毎日多くの人がタマゴを見に来た。政治家も、役人も、物持ちも、貧乏人も。ついに科学者が来て調べ始めた。叩いたり、削ったり、穿ったり。そのたんびに皆ハラハラしたもんや。爆発するんやないやろか、何かアカンもんが漏れでて来るんやないか、ゴジラが産まれるんやないか。
どうやらそのタマゴは、二酸化チタンちうもんで出来ているらしいことが分かったが、中身までは分からんかった。ただどうも気体か液体らしい。政治家はゆうたよ。
「ただちに生命の危機に陥るようなことはない」
そうして一月、二月と経つうちに、人々は馴れてしもうた。タマゴのある生活にな。ああ、今日もいい天気や、タマゴはんも喜んどるやろ、ちゃなもんや、おはよう、ゆうてな。だんだんと日常に戻ったんやな。人間の適応力ゆうんは恐ろしいわな。皆、天使に言われたことを忘れてもうた。
ところが。飽きもせんと毎日タマゴを見続けたもんがおって、大声で警告したんや。
「タマゴが大きくなってる。そしてその速度は加速している」
さあ、再び大騒ぎや。
またしても政治家やら役人やら科学者やらが集まってきた。その他の人々は遠巻きにして眺めとる。そんな日が何日も過ぎたあと、タマゴは成長しとることが確認されたんや。黙視でもなんとなくタマゴの成長は分かるようになっとったがな。
人々は突然思い出した。あの天使の言葉を。
「たくさんの幸福か、滅亡か」
人々は働きものになった。積極的に善を勧め、悪を憎むようになった。政治家はガイドラインを定めて市民の行動のやり過ぎを警戒し、役人は来年の話をし、科学者は沈黙した。物持ちは施餓鬼会を催して貧しきを潤し、強者は弱者を助けて力になり、若者はよく老人と協力した。
半年も経つと、タマゴはどんどんドンドン大きゅうなって、最初は人の背くらいやったのが、通天閣と変わらんようになった。そうしてタマゴが膨れるにつれて、人々の善行も進んだんや。大阪の街は、それはいい街になったんよ。世界一やったかもしらんな。皆の顔が輝いとったよ。
不思議なことに今でもそれは大阪には息づいておって、ある意味伝統みたくなっとる。人を助けるとか、悪いことを笑い飛ばすとかな。ツッコミゆうんは、悪さをした人を諌める言動が大元なんやで。お前、何やっとんねーん、ゆうてな。
そんなこんなするうちに、ついに約束の一年が経過したんや。タマゴの大きさはもう、片方の端が四天王寺さんの敷地に届くぐらいになっててなあ 。それはデカかったわ。殻が薄くなっているようで、何かどす黒いものがうねるように動いているのが、日の光に透けて見えとった。
さて出てくるのは幸運か破滅か。いや、破滅になんてなるはずない。皆そう思いながら、怖いもの見たさ、大阪中の人間が押し合うように集まっとった。
丁度正午のドンが鳴ったときや。タマゴにヒビが入った。どよめきがうねりとなってミナミ一帯が震えたわ。ヒビは見るみる全体に広がり、ついに割れた。すると中から真っ黒い液体が溢れ出して、天王寺公園に流れ込んだんや。そこらじゅう真っ黒ですっかりワヤや。
その真っ黒い液体な、実はソースやったんや。天使は多くの幸福を与えるゆうた。多くの幸福、つまりお多福や。こうしてオタフクソースは誕生し、その土台の上に大阪の粉もん文化が花開いたと言うわけや。
どや、面白かったか。