佳作「明子へ 三浦英二」
明子、私がこうして明子に手紙を書くなんて、そう、もう五十年ぶりくらいになるだろうか。
昔々、ふたりがまだ付き合っていた頃、明子は私によく手紙を書いてくれたね。今でいう遠距離恋愛で、その頃地方にいた私は、明子の手紙に書かれていた故郷の事を思い出して、少しメランコリックになっていたなあなんて、懐かしく思い出します。
筆不精の私がなかなか返事を書かないものだから、お前にはよく叱られたねえ。
明子の最後の手紙、見つけたよ。返事を書けとは書いてなかったけど、せっかくだから、久しぶりに書いてみるよ。
ところで、天国の住み心地はどう?もう慣れたかい?
私は、だめだなあ。明子のいない生活には慣れそうもないよ。
明子が何でもないような顔でやっていた洗濯や料理だって、毎日失敗ばかりだ。
真紀や智也が私の一人暮らしを心配して、老人ホームへ入れって言うんだ。もちろん嫌だって言ったよ最初はね。でも、こう失敗や出来ない事が重なると、だんだん不安になってきてね。で、結局入る事に決めたよ。
明子と建てたこの家、ふたりとも要らないそうだ。だから今は家財道具の整理で、忙しい日々をおくっているよ。この家に引っ越して来てからの荷物は本当に多いよ。毎日いっぱい捨てているけど、なかなか減るもんじゃあないね。
子供たちは、引っ越しの準備を手伝うなんて言っておきながら、いざとなると忙しい忙しいって言うから私一人でやっているんだ。あいつらは相変わらず口ばっかりだね。
昨日、明子のたんすを整理することにしたんだ。ここは楽だと思ったよ。だって、真紀が「お母さんの着物なんていらないからね。全部捨てちゃって」って言うし、私に着物の値打なんてわからないからね。とにかく泥棒みたいに、引き出しの下からどんどんダンボールに放りこんでいったよ。
で、一番上の開きのところで見つけたんだ。丈夫な箱に入った鉄の鍋と手紙。
あれは、会社の慰安旅行で岩手の南部鉄器の工場見学に行った時だった。鉄鍋を見た時に「鍋釜一つで嫁に行く」って昔の言葉がふと浮かんだんだ。
結婚当時私にはお金がなくて、明子には指環も買ってやれなかった。それがどこかに引っかかっていたからだと思うが。何の躊躇もなしに買ってしまったよ。
でも、それから可笑しかったよなあ。明子が細い腕であの重い鍋を出したり運んだりするのがさ。重いから使いたくないって言えばいいのに、せっかく買ってくれたからと遠慮してたんだろうなあ。
我慢強いのは、お前の良いところだけど、そんな姿を見るたびに明子の事を愛おしく思えたもんだよ。まあ、今だから言えることだけどさ。
明子の体力がなくなってから、さすがにあの鍋の出番はなくなったよね。何十年も使ったから、てっきり捨てたのだと思っていたよ。まさか箪笥にしまってあるなんて思いもしなかったから、見つけた時は驚いたよ。おまけに手紙まで。
お前が手紙で心配している通り、私は本当に困っている。
いまだに「おい明子、眼鏡はどこだ?」とか「おい、明子。風呂は湧いているのか?」なんて言っている自分に気が付いて、苦笑いばかりしているよ。
ゆうべ寒かったから、久しぶりにあの鍋でうどんを炊いて食ったよ。そのへんの野菜と肉でさ。テーブルまで持って来るのは、私でも重かったよ。一人分なのにさ。四人分の時はどんなに重かっただろうね。
うどんは美味かったんだけど、ひとりで食べているとなんだか鼻にツンときて、目もしょぼしょぼして困ったよ。みんなで食っていた頃をしみじみ想ってさ。
あの鍋は施設へ持って行こうと思う。お前だと思って、私がお前のそばに行くまで大切にするよ。だって、あの鉄鍋には錆びのひとつも付いていないのだから。
明子が大切に手入れをしてきたから、私も明子と同じように手入れをするよ。そして時々はまたうどんを食う事にする。お前を思いながら。 じゃあな。