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佳作「鍋の底 叶え進一」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第20回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「鍋の底 叶え進一」

鬼が島で鬼に勝った一寸は、赤鬼からあることを頼まれた。自分の命の代わりに娘を守って欲しいというのだ。赤鬼の度重なる懇願に負けて「じゃ、鬼娘に会ってから」と言ってしまった。赤鬼は娘を洞窟から連れてくると「この子が鬼娘か」と一寸は驚いたが、即座に鬼娘を守ることにした。赤鬼から小槌を取り上げて願いを掛けた。「人の大きさにしたまえ!」みるみる一寸の身長は百八十センチの長身になった。赤鬼も惚れ惚れする好男子になった。赤鬼は約束を果たすため、島の裏側に行き仲間の鬼たちと崖から身を投げてしまった。

娘は十七歳、鬼舞姫といい、明るく、人懐こい性格、親の赤鬼とは似ても似つかない。それよりも、鬼舞姫の美しい美貌が一寸の心を捕えたのだ。

一寸は「――見た瞬間から、この子を自分の嫁にしたい」と思った。

京の都に行き、住居をかまえた。毎日が幸せであった。美しい妻はせっせと家事をこなし、毎日の生活が快適だった。一寸は持ち前の剣術を生かし、道場を開き盛況をきした。

しかし、三年たっても二人には子供を授からなかった。鬼舞姫は悩みはじめた。「――私のせいかしら」と心を責めるのだった。

一寸はそんな鬼舞姫に優しく慰めた。「お前の所為ではない」「授かり物だから」と一寸は鬼舞姫を慈愛していた。

それから、三年がたち、二人は以前より睦ましい夫婦となって、幸せな日々を過ごしていた。

食事はいたって簡単である。二人は鍋が好きで、毎日食べていた。二人は鍋の底を突きながら、好きな物を探し「私の好きな物を掴んだ」と喜びあう。生のある物の底辺には分からない繋がりが多く不思議だ。二人が出会ったのも鍋の底をついたからだと思っていた。

ある時、いつものように夕食を食べていた一寸は最近、鬼舞姫は「――沢山ご飯を食べるな」と感じた。鬼舞姫に聞くと「お腹が空いてしょうがないのです」そういえばスリムな鬼舞姫がぽっちゃりした身体つきになっている。

二人は「もしかしたら」と目を合わせた。

半年たち、鬼舞姫のお腹はすっかり大きくなり、子を授かっていることを二人は喜んだ。九か月たち、鬼舞姫は一寸にお願いをした。「産む場所は鬼が島で産ませて欲しい」と話し始めた。一寸は戸惑ったが「貴女の里だから一緒に行こう」と、一寸は鬼舞姫に優しく言うのであった。

二人は京を出て、舟で鬼が島に向った。瀬戸内の島々は美しく海も綺麗であった。外海に出て波が大きくうねり、舟が大きく揺れたがやっと鬼が島に着いた。「何年振りだろうか」二人は懐かしさと、墓標となってしまった島に降り、複雑な気持ちでもあった。

一寸は鬼舞姫に前から聞きたかったことがあった。「赤鬼は貴女の父なのか?」「そうです」「そうだと思います……」「――そう思う?」鬼舞姫は自分の出生など知る由もない。母親も知らない、いつ生まれたかも定かではなかった。

一寸は一目惚れをし、今まできてしまった。気になることは何も聞いていなかった。そんな自分が不思議に思えたが、愛する鬼舞姫に、これ以上、過去を聞くことは当然とは思えなかったのだ。

一か月たち臨月に入った。出産に都合の良い洞穴を選び、この島の干し草で作った香りのある床を作った。数日後、鬼舞姫は出産が近いことを悟った。その日は満月の夜でもあった。夕方、太陽が西に沈み、東から満月が登ってきた。月のひかりが島全体を照らし始めた。

鬼舞姫は床につき準備を始めた。お湯が沸く音が聞こえてきた。「ゴトゴト……」すっかり準備ができたときは十時を過ぎていた。「疲れたか、少し寝なさい」と言葉をかけ、洞窟の入り口で一息ついた。満月を眺めながら寝てしまう。

夢なのか幻なのか、月の光が辺りを照らし、小動物の生きかう姿が見えるほどであった。霧が立ち登り、光る物が見えた「あれは、何だろう。月かな?」「  光が鬼舞姫のお腹に降りてきた……」それと同時に、鳴き声で、一寸は目を覚ました。「赤ん坊の声だ」我に返り鬼舞姫のところに走った。鬼舞姫は赤毛の子供を産んだばかりだった。午前零時だった。

一寸は産湯につけ、そして厚手の布で包み鬼舞姫の横に寝かせた。子は赤毛で眉毛も太く、男の子だった。力強い顔立ちをしている。二人はこの子が赤鬼の血を引いていることがわかった。名前は鬼王と名付けた。

二人は京には帰ることもなく、鬼王と鬼が島で終生をともにした。