公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

佳作「隣にある人 栗太郎」

タグ
作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第21回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「隣にある人 栗太郎」

「ね、どうだった? 載っていた?」

「まだ開けてないわよ。恵理子ちゃんを、待っていたの。早く読みましょ」

月に一度、ホームに入居している、おばあちゃんに会いに来る。電車で二時間はちょっと遠いけれど、おばあちゃんが定期購読している雑誌を二人で読むためだ。

封筒から雑誌を取り出して、真っ先に目を通すのは投稿ページだ。読者が投稿した短歌のうち、十篇ほどが掲載されるのだ。

「あっ、載ってる」

佳作の欄に私が詠んだ短歌と「丸山エリカ」という筆名が印刷されていた。

「スズシコちゃんも選ばれているよ。ほら、また隣」

「あらあら、凄いわねえ」

おばあちゃんがニコニコと湯飲みを運んできた。並んで雑誌をのぞきこむ。

「それにしても、恵理子ちゃんが、三年で、こんなに上手になるなんてねえ」

短歌を始めたのは三年前、中学生の時だった。面会に来た時、たまたま、おばあちゃんが読んでいた雑誌を見たのだ。

「おばあちゃん、短歌もペンネームを使っていいの? だったら、私もやってみたい」

最初は、別の名前の自分になってみたかっただけだった。気楽に綴った三十一文字を投稿して二ヵ月後、ワクワクと発表号を見たけれど、丸山エリカの名前はそこになかった。代わりに私の目を引いたのは、一つの名前。

「妹尾涼子」

○子という古風な名前なのに、綺麗な字面で、しかも、おばあちゃんが言ったから。

「スズシコと読むのよ」

「スズシコ? 素敵。この人、先月も佳作だったね。凄いな。どんな子かな?」

雑誌には居住地も年齢も載っていなかったから、私は涼子ちゃんが同年代の女の子と決めつけて、ライバル認定をした。

「基礎を勉強しないと、入選はできませんよ」

おばあちゃんの手ほどきを受け始めて半年後、初めて佳作に入った。掲載はもちろん嬉しかったけれど、それ以上に嬉しかったのは、涼子ちゃんの名前が隣にあったことだ。しかも、私の歌の方が上位だったのだ。

それですっかり短歌の投稿に夢中になって、今では、投稿欄の常連だ。

「今回は、涼子ちゃんの方が上か」

私は佳作の一席だったけれど、涼子ちゃんはその上である秀逸だった。この差は大きい。

「短歌は勝ち負けではないのよ」

おばあちゃんが静かに言った。

「うん、わかってる」

涼子ちゃんに負けたくなくて、我武者羅に投稿した時もある。涼子ちゃんの真似をしたり、全く反対のことをしたり。

もう短歌なんか止めてしまおうと、何度も思った。その度に、私を引き止めたのは、涼子ちゃんの存在だった。

「涼子ちゃんがいるから、短歌は楽しい」

「それなら、良いのだけど」

おばあちゃんが優しく笑った。

おばあちゃんが亡くなったのは三月のはじめだった。しばらくたってから、私はお母さんと一緒にホームに向かった。おばあちゃんの私物を引き取るためだ。

「これは、雑誌かしら。定期購読もストップしなくちゃね」

「それは私がやっておく」

私はお母さんから封筒を受け取った。おばあちゃんと二人で読む筈だった雑誌だ。

そう言えば、今月号の投稿結果はどうだったんだろう?

雑誌は書店でも入手できるのに、今までそうしたことがなかった。おばあちゃんと並んで、一冊の雑誌を読む時間こそが楽しかったのだ。

封筒を開けると、同じ雑誌が二冊入っていた。一冊は定期購読の分で、もう一冊は?

ひらりと、舞い落ちたのは掲載通知だった。

『貴殿の作品が特選に選ばれたので掲載誌を謹呈します』

「ね、お母さん」

私は震える手でページをめくった。

「おばあちゃんの旧姓って、なんて言うの?」

「妹尾よ。妹尾鈴、可愛い名前よね」

投稿ページに、すっかり馴染みとなったその名はあった。特選、妹尾涼子。その名を「スズシコ」と読んだのは、おばあちゃんだった。

「おばちゃん」

涼子ちゃんの名を指先で触れた。隣に並ぶ自身の歌が、名が、涙に滲む。

少しも気づかなかったけれど。

「ずっと、隣にいたんだね」

迷う時も、くじけそうな時も、あなたがいたから、この道を歩んで来た。これからも、ずっと。

涼子ちゃんの歌を唇に乗せながら、私は静かに雑誌を閉じた。