佳作「本物の御守り 辛抱忍」
予定より早く仕事が終わったので、私はぶらぶらすることにした。これから会社に戻っても仕事は捗らないからだ。町並みは、大きくて古い木造平屋建ての建物が多かった。かつて城下町として栄えた名残だろう。
小さな神社が目に入った。仕事にかまけて、初詣をこの数年間していないことに気づいた。しかしそれは、神頼みなどしなくても、自力で営業成績を上げてきた証拠でもある。
平日の境内には、人っ子一人いなかった。行きがかりだ、私は賽銭を投げて、柏手を打った。御守りコーナーが目に留まった。その中に、ほかのものより一回り大きくて色褪せた御守りがあった。
「興味がおありのようですね」
神主と思われる白髪の老人が、訳知り顔で語りかけてきた。
「この御守りは、文字どおり、ありとあらゆる災難から守ってくれますよ」
田舎町の貴重な収入源なのだろう。高く売りつける魂胆だろう。
「信用していませんね。お貸ししますから試してみてください。お支払いは、あとでいいですし、その金額もあなたが決めていただいて結構です」
私は預かることにした。この田舎町に来ることは二度とないだろうし、要らなくなったら捨てればいい。それに、神主の自信満々の態度も気に入らなかったからだ。
神社を出て歩きながら、子どもの頃は、神様の祟りや幽霊を信じていたことを思い出した。バカげた話だ。
大通りに出ようとした時、バスが目の前を通りすぎていった。寸前のところで乗り遅れてしまった。停留所の時刻表によると、次のバスが来るのは一時間後だった。近くの喫茶店で軽い食事を摂って時間を潰した。
バスに乗って、数分後のことだった。バスは急停車した。そして、徐行運転を始めた。大勢の人集りを縫うようにバスは進んだ。車窓から、パトカーと救急車が数台停まっているのが見えた。すすり泣いている人や座り込んでいる人がいた。車内はざわめいた。
「一つ前の便のバスが転落して、死傷者が出ているようです」
と運転手は言った。
崖下に横転しているバスが見えた。もし、私があのバスに乗っていたら、死んでいたかもしれない。背筋が寒くなった。
翌日、出社すると、総務部前の掲示板に、十人の異動辞令が貼ってあった。その中に、仲のいい同期の名前もあった。彼は支店異動になっていた。それは左遷に他ならないものだった。いま会社は業績不振で、リストラを推進し、組織のスリム化を図っていた。このご時世に退職したら、再就職は困難だろう。
事務室に着くと、件(くだん)の同期が荷物をまとめているところだった。
「会社のために尽くしてきたというのに、これは、あんまりだ。子どもの学費や家のローンもあるというのに、これから俺はどうやって生きていけばいいんだ」
その深刻な顔を見るのが辛かった。私には慰める言葉がなかった。
翌週、私は地方都市に出張を命ぜられた。旅客機に乗った。私の隣には母子が乗っていた。子どもは就学前の女の子だった。
離陸して数分後、機体が上下左右に激しく揺れた。その直後、警報が鳴り、天井から酸素マスクが飛び出した。機長が墜落に備えてくださいとアナウンスした。キャビンアテンダントは必死の形相で機内を動き回っていた。隣の女の子は母親に抱きついていた。機体は急降下し、墜落し、大破した。それは、あっという間の出来事だった。
激しい頭痛で目が覚めた。病室のベッドだった。両親と妻子が私の顔を覗き込んだ。助かったのは私だけだと妻が言った。隣にいたあの母子は死んだのだ。キャビンアテンダントもパイロットも乗客も全員死んだのだ。
検査の結果、何一つ体に異常は見つからなかった。毎年の健診で必ず異常を示していた肝機能や血糖値も正常値になっていた。私はたった三日間で退院した。
御守りに本物の威力があるのは疑いの余地はなかった。これからも災難に遭遇し、そしていつも私だけが助かるだろう。私はとても正気でいられそうになかった。居ても立ってもいられなくなり、あの神社に向かった。
境内はあの時と同様、静かだった。
「お戻しに見えられましたか。それは、賢明な判断です」
あの時の神主だった。
「私が返しに来ることは、初めからわかっていたのですね」
「返しに来る人もいればそうでない人もいます。いずれにせよ、御守りは必ずここに戻ってくるのです。それにしても、霊験灼(あらた)かな御守りというのも厄介なものですなあ」
神主は愉快そうにからからと笑った。