選外佳作「新人教育 白浜釘之」
最近の新人はおとなしい。
上司からそんなことを聞かされていたが、なかなかどうして最近の新人も結構骨のあるのが多く、苦労させられる。
「お前らのころの新人が一番手強かったぞ。しょっちゅう俺たちに噛みついてきたり、好き勝手なことばかりしていたり……」
たしかにそうだったかもしれない。
あのころは「絶対お前たちのいうことなんて聞くものか」とばかりに毎日、文字通り暴れ回っていた。
しかし、今はいつの間にか私も上司と同じ側の人間になってしまっている。
新人と呼ばれていたころが嘘のようだ。
結局、私も組織の人間になってしまった。
きっとみんなそうだったのだろう。
私の上司だってかつては新人だったのだ。
そんなことを考え、気持ちを切り替えて新人たちの待つ研修施設へと向かう。
「しかし、よりによってお前が俺の後任の新人教育係になるとは思わなかったよ」
上司の言葉がよみがえってくる。
「本当にお前は手のかかる新人だったからな」
本当にこの施設にいたころは、当時は教育係だった上司に毎日歯向かってばかりいた。
あのころのことを思い出すと顔から火が出る思いだ。
私の同僚たちもすっかり新人だったころの面影はなくなり、今ではずっと昔からこの組織に所属しているような顔をしている。
それだけ角が取れて丸くなってしまったということだろうか。
いや、それが会社というものなのだろう。
みんな、いつかはこうして社会に適応していくのだ。
そうやってずっと人間社会は維持されてきたのではないだろうか。
そんなことを考えながら歩いていくと、この施設の長官が向こうから歩いてきた。
思わず足を止め、最敬礼をする。
「ああ、新人担当の教官さんですね」
長官はにこやかに挨拶をする。
「そんなに硬くならないで下さい。かえってこちらが恐縮してしまいます」
長官はかしこまった私の様子にすこしたじろいだようだった。
長官ともなればそんな姿もスマートに見えた。生まれから我々とは違うのだ。
「新人教育は大変な仕事ですが、我々の発展のためには一番重要な仕事でもあります。がんばって下さい」
そういって立ち去ろうとする長官に、私はちょっと意地悪な質問をしたくなり、彼を呼び止めた。
「……長官は、我々のように、いわゆる新人と呼ばれた時期はないんですよね?」
この質問に長官はちょっと考えてから、
「そうですね。この施設で、教官によって教育を受ける、いわゆる『新人』という時期はありませんでした」
長官はそこで一旦言葉を切り、
「ですが、だからといってあなたがたを下に見たりはしていません。むしろ、私のような人間よりも素晴らしいとさえ思っています。立場は違えど、我々人類が目指すものは同じですからね」
まだ年若い教官はそういうと、再び踵を返して去っていった。
そう、長官はおそらく先の戦争を経験していない世代なのだろう。
もちろん、私が担当している新人たちも、直接は戦争を知らない世代だ。私自身だって戦争に直接参加したことはない。
しかし、いわばあの戦争の直接の被害者といっていい世代であることは間違いない。
核兵器や様々な細菌兵器を乱用したあの戦争は、本当にひどいもので、人類という種の存続すら危ぶまれたものだった。
ようやく戦争が終わり、平和が訪れたが、戦争による負の遺産はあまりにも大きかった。
そのひとつが我々のような『新人』と呼ばれる遺伝子異常による先祖返りした人間の大量の出現だ。
私は自分の毛むくじゃらの手を見下ろし、溜め息をついてその手でドアを開ける。
組織に馴染んだという意味ではもう『新人』ではないとはいえ、戦争前の姿を保ったままの人間たちから私はいつまでたっても『新人』と呼ばれなければならないのだ。
私が教室に入ると、私のように人間というよりはサルに近い外見の生徒たちは、人間社会に適応するべく規律正しく一礼をした。
〈新人〉 名詞
(1)新しく(組織などに)入った人、新入り。
(2)現生人類、ホモ・サピエンス。
(3)第三次世界大戦後に生まれた、いわゆる『先祖返り』をした人類のこと。人間社会に適応できるように教育を施される。
(21XX年版・明確社国語辞典より)