佳作「警備室の交流 山路もと」
モニタがずらりと並ぶ警備室。
映し出されているのは、いくつもの防犯カメラが見つめている大型商業施設の中だ。
「今日からよろしくお願いします」
挨拶をすると、警備主任は一瞬戸惑ったような顔をした。だが、すぐに「ああ、聞いてるよ」と若干嫌悪の混じった表情で頷く。制服の帽子をちょっと持ち上げ、首筋を掻いた。白髪交じりの襟足が覗く。
「俺ァ、あんたみたいなのとは合いそうにねぇなあ」
ぼそりと独り言のような拒絶。私は歓迎されていないようだ。
「そう邪険にしないでください。ものを覚えるのは得意です。お役に立てるかと」
「もの覚えがいいったってよ。今はたいていのことはロボットが全部やっちまうから、覚えることなんかほとんどねぇよ」
ふいと顔を背けられる。
勤務初日は、こんな具合だった。
「主任。迷子を発見しました。婦人服エリアです」
ようやっと仕事らしい仕事ができる問題が起きたのは、勤務についてすでに数日。
モニタに映る景色には、大勢の買い物客が映っている。その中から、一人の少女を捉えてズームする。緊張した面持ち。おそらくは七、八歳――あちらの店からこちらの店へ、オロオロと誰かを探しまわっている。
「いかん、ちょっと行って来る」
あわてて上着を羽織る主任を引き留めた。
「巡回ロボに誘導させましょう」
近くにいたぬいぐるみ仕様の小さな巡回警備ロボットを、女の子へと向かわせる。
「あんた、もうこれ操作できるのか」
「ここのシステムはすべて使えます。マニュアルは覚えました」
あのブ厚いマニュアルをか。そう言って主任は片眉をひょいとあげた。
「ロボで誘導はいいが、親の場所も分からずに、どこに連れてく気だ?」
「分かります」
「なに? どうやって……」
「顔認証ツールです。特徴点の一致率が高い人を探し出すよう指示します」
人々の顔がざっとモニタに流れる。そのうち、一人の女性に赤い枠が現れた。
「鞄売り場ですね」
ロボットで鞄売り場へ誘導する。やがて見えてきた母親の姿に気づいたか、女の子はパッと走り出した。
無事、合流できた二人の様子を見届け、ロボットをそっと巡回警備のルートに戻す。
「はん、もうそんなコトまで出来んのか」
「私にできるのはこの程度です」
「イヤミかよ。俺なら、こんなにスピード解決はしねぇよ。顔認証なんて、出禁のやつのチェックくらいしか使ったコトねェし」
そしてぶつぶつと文句を言い続ける。
「――主任は、私がお嫌いですか」
あぁ? と、怪訝な声が返って来た。
「私に不快感を覚えたり、至らない点があるのなら仰って下さい。改善します」
主任は帽子を持ち上げ、首筋を掻く。どうやら気まずいときにやる癖らしい。
「あー、違ぇよ。……悪かったよ。八つ当たりだよ」
「八つ当たり、とは」
「説明がめんどくせえや、お得意のインターネットで調べてみろ」
「八つ当たり――誰彼の区別なく八方へ当たり散らすこと。腹を立て、関係のない人にまで当たり散らすこと――腹を立てていらっしゃるのですか」
「自分にな」
「ご自分に」
「あんたと話してるとな、つくづく俺がデキない人間だって思い知らされる気がしてな……俺は嫉妬してんだよ。デキる新人に」
「嫉妬。それなら、私が考えていることも『嫉妬』にあたるでしょうか」
主任は一瞬ぽかんとした顔をした。
「嫉妬。あんたがか」
「私には主任のような豊かな感情、感性、ココロがありません。それがあれば、もっと主任と交流を図れるのにと考えています」
「まあ、あんたパソコンだしな」
「パソコンではありません。たしかに体はパソコンですが、私の主体は人工知能です」
主任の前に備えられたパソコンから、合成音声で反論する。
「しかし今日は、嫉妬という感情を一つ学習できました。自分にないものを持っている人をうらやむ心、ですね」
――んなもん学習してんじゃねぇよ。
主任の顔に初めて浮かんだ苦笑い。私はそれが大事なもののように思えて、ひっそりと画像を保存した。