第16回「小説でもどうぞ」佳作 終末のソロキャンプ/圭造
第16回結果発表
課 題
遊び
※応募数206編
「終末のソロキャンプ」
圭造
圭造
『最近はまっているのは、ソロキャンプですね。魅力は、大自然と一つになれること。焚火とビールとひとり焼肉、最高だねー』
出張先へと向かうバスの車内、暇つぶしにスマホでSNSのプロフィール欄を更新している。本当なら今頃は、テントの設営も終わり酎ハイでもあおりながら、炭火を起こしているはずだった。
それが、急きょ入ってきたこの出張のせいで、週末のプランが台無しになったのだ。
実は同僚の稲田が数週間全くの音信不通、つまり失踪したのだ。確かに心配ではある。
だが正直問題なのは、彼のデスクに積み残された仕事の山だ。それらの置き土産は、同期入社の俺のデスクへと順次崩れ落ちてくる、負の流れを生み出していた。
電波が悪いのか、スマホの画面が固まって動かない。顔を上げ周囲を見回すと、バスの乗客は自分一人だけだ。運転席のバックミラー越しに、ドライバーの女性と目が合った。
「お客さん、珠藻 神社前でしたよね。もうすぐ着きますよ」
既にバスは減速を始めている。女性の、妙に落ち着いた美声に促され鞄を手に立ち上がると、そそくさとステップを降りた。
バス停は、長年雨風に晒されたせいか傷みが酷く、時刻表の文字が読めそうにない。慌てて振り向くと、大声を出して尋ねた。
「帰りの最終って何時でしたっけ」
女性は窓越しに、思わずゾクッとするような艶っぽい微笑みだけを返すと、乗降扉は閉まり、バスは発車した。
何だよ。聞こえなかったのかな。だが美しい女性とのやり取りにモヤついた気持ちは、周囲を見渡した次の瞬間、驚きに変わった。
まるで、バス停の周りだけ昭和の時代のまま時が止まったかのような田園風景。近年急速に開発が進んできた市街地の真ん中に、ポツンと残された長閑な里山が姿を現したのだ。
粗い石畳の参道が、小山の麓から山頂の神社へと続く。木々の間からは古ぼけた朱色の鳥居が見える。今日、住民説明会を行う予定の集会所があるのがその辺りのはずだ。
山の横手には小川が見える。程良く開けた河原のスペースに、一気にテンションが上がった。今度休みが取れたら、ここでデイキャンプでもしてみるか。SNSで、穴場スポットの映える写真をアップするイメージが駆け巡った。
少し気持ちが上向き、参道へと踏み出そうとしたその時、不意に道端の草むらから茶色っぽい何かが飛び出してきた。
「うわっ」
思わず声が出て仰け反りながら、立ち止まった。その茶色っぽいものは動物、瘦せこけた一匹の狐だった。
実物の狐を見るのは初めてだったが、三角の耳、フサッとした大きな尻尾、そして少し怯えたような眼差しでこちらを伺っている、吊り上がった細い目元を見れば、正に日本昔話に出てくるイメージ通りの狐の姿であった。
心なしか、稲田に似ている気がする。その細い顔立ちや、どこか自信無さげな目付き。
今回の案件は稲田もまた、更にその前任者が突然退職した際に引き継いだのだという。
木々を伐採し、山を切り開いてのメガソーラー発電所建設。その為の用地買収。内容的には、いつもの不動産部門の仕事だ。
土地の権利に関しては九割方取得済みで、残るは麓の集落のみだが、ほとんどが空き家、数軒ある民家の住民も高齢者ばかりのはずだ。
あとはお決まりの、安心安全の老後を謡い文句にマンション暮らしを提案し、引き換えにハンコを押して貰えば任務完了となる。
とはいえ、エコだの地球環境の為だのと口先では言いながら、結局その自然を自分達で壊しまくってるんだから、訳の分かんない時代だよな。
まあ、俺には関係無いか‥…。
いつの間にか、狐の姿は消えていた。
日は既に傾き始め、伸びた影を追う様に神社の参道をゆっくりと登っていく。
どこからか童歌 が聞こえてくる。
奇妙なことに、昔話のような着物姿で狐の面を被った童たちが輪になって遊んでいる。
輪は次第にこちらへと近づき、いつしか自分の周りを取り囲むようにして回り出した。
西日で長く伸びた童らの赤黒い影が、焚火の炎のように妖しく揺らめいて踊る。
「かーごめ、かごめ。かーごのなーかのとーりーは……」
不思議な歌声に思わず立ち止まったその時、後ろからドンッと押されてつんのめった。
「うしろのしょうめん、だーあれっ」
思わず、恐怖で走り出していた。スーツや鞄、スマホも風に舞い散る木の葉に変わり、フサッとした長い尻尾をピンと伸ばして、四本の足で山へと向かって飛ぶように駆ける。
薄れゆく意識の中、どこか懐かしい感覚に包まれていく。今、大自然と一つになった。
(了)
出張先へと向かうバスの車内、暇つぶしにスマホでSNSのプロフィール欄を更新している。本当なら今頃は、テントの設営も終わり酎ハイでもあおりながら、炭火を起こしているはずだった。
それが、急きょ入ってきたこの出張のせいで、週末のプランが台無しになったのだ。
実は同僚の稲田が数週間全くの音信不通、つまり失踪したのだ。確かに心配ではある。
だが正直問題なのは、彼のデスクに積み残された仕事の山だ。それらの置き土産は、同期入社の俺のデスクへと順次崩れ落ちてくる、負の流れを生み出していた。
電波が悪いのか、スマホの画面が固まって動かない。顔を上げ周囲を見回すと、バスの乗客は自分一人だけだ。運転席のバックミラー越しに、ドライバーの女性と目が合った。
「お客さん、
既にバスは減速を始めている。女性の、妙に落ち着いた美声に促され鞄を手に立ち上がると、そそくさとステップを降りた。
バス停は、長年雨風に晒されたせいか傷みが酷く、時刻表の文字が読めそうにない。慌てて振り向くと、大声を出して尋ねた。
「帰りの最終って何時でしたっけ」
女性は窓越しに、思わずゾクッとするような艶っぽい微笑みだけを返すと、乗降扉は閉まり、バスは発車した。
何だよ。聞こえなかったのかな。だが美しい女性とのやり取りにモヤついた気持ちは、周囲を見渡した次の瞬間、驚きに変わった。
まるで、バス停の周りだけ昭和の時代のまま時が止まったかのような田園風景。近年急速に開発が進んできた市街地の真ん中に、ポツンと残された長閑な里山が姿を現したのだ。
粗い石畳の参道が、小山の麓から山頂の神社へと続く。木々の間からは古ぼけた朱色の鳥居が見える。今日、住民説明会を行う予定の集会所があるのがその辺りのはずだ。
山の横手には小川が見える。程良く開けた河原のスペースに、一気にテンションが上がった。今度休みが取れたら、ここでデイキャンプでもしてみるか。SNSで、穴場スポットの映える写真をアップするイメージが駆け巡った。
少し気持ちが上向き、参道へと踏み出そうとしたその時、不意に道端の草むらから茶色っぽい何かが飛び出してきた。
「うわっ」
思わず声が出て仰け反りながら、立ち止まった。その茶色っぽいものは動物、瘦せこけた一匹の狐だった。
実物の狐を見るのは初めてだったが、三角の耳、フサッとした大きな尻尾、そして少し怯えたような眼差しでこちらを伺っている、吊り上がった細い目元を見れば、正に日本昔話に出てくるイメージ通りの狐の姿であった。
心なしか、稲田に似ている気がする。その細い顔立ちや、どこか自信無さげな目付き。
今回の案件は稲田もまた、更にその前任者が突然退職した際に引き継いだのだという。
木々を伐採し、山を切り開いてのメガソーラー発電所建設。その為の用地買収。内容的には、いつもの不動産部門の仕事だ。
土地の権利に関しては九割方取得済みで、残るは麓の集落のみだが、ほとんどが空き家、数軒ある民家の住民も高齢者ばかりのはずだ。
あとはお決まりの、安心安全の老後を謡い文句にマンション暮らしを提案し、引き換えにハンコを押して貰えば任務完了となる。
とはいえ、エコだの地球環境の為だのと口先では言いながら、結局その自然を自分達で壊しまくってるんだから、訳の分かんない時代だよな。
まあ、俺には関係無いか‥…。
いつの間にか、狐の姿は消えていた。
日は既に傾き始め、伸びた影を追う様に神社の参道をゆっくりと登っていく。
どこからか
奇妙なことに、昔話のような着物姿で狐の面を被った童たちが輪になって遊んでいる。
輪は次第にこちらへと近づき、いつしか自分の周りを取り囲むようにして回り出した。
西日で長く伸びた童らの赤黒い影が、焚火の炎のように妖しく揺らめいて踊る。
「かーごめ、かごめ。かーごのなーかのとーりーは……」
不思議な歌声に思わず立ち止まったその時、後ろからドンッと押されてつんのめった。
「うしろのしょうめん、だーあれっ」
思わず、恐怖で走り出していた。スーツや鞄、スマホも風に舞い散る木の葉に変わり、フサッとした長い尻尾をピンと伸ばして、四本の足で山へと向かって飛ぶように駆ける。
薄れゆく意識の中、どこか懐かしい感覚に包まれていく。今、大自然と一つになった。
(了)