第16回「小説でもどうぞ」選外佳作 憑く/朝霧おと
第16回結果発表
課 題
遊び
※応募数206編
選外佳作
「憑く」
朝霧おと
「憑く」
朝霧おと
小学生のころ、友達と放課後の教室でよくこっくりさんをやった。人気のない薄暗くなりかけた教室は雰囲気抜群で、好奇心と恐怖心の入り交じった私たちは、真剣な目で机の上の白い紙をのぞき込んだものだ。
「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください」
三人の指が乗った硬貨はゆっくりと動き始める。
「私じゃないよ」「私も何もしていない」「勝手に動いているよ」
硬貨は五十音の一文字でピタリと止まり、その後次の文字に移動した。
「どうする、こっくりさんが来てるよ。私、怖い」
まだ始めたばかりなのに、私たちは恐怖で涙目になっていた。
その時突然教室のドアが開いた。
「あなたたちまだいたの。早く帰りなさい」
担任の藤井先生だった。
「またそんなことやってるの。興味本位や遊び半分でやってるとそのうち霊にとり憑かれちゃうぞ」
藤井先生がわざと怖い声を出したので、私たちは悲鳴を上げて教室を飛び出した。
帰り道、私は「遊び半分じゃないよね。真剣だよね」と息をはずませ、友だちとうなずき合ったものだ。
そんな私は大人になってからも怖い話が好きだった。霊感はないので恐ろしい体験はないが、本を読んだり動画を観たりして、この世に霊はいるものだと信じていた。今では、幽霊が出るらしい、といううわさを聞くと、その場所に訪れることが趣味になっている。
これまでに二十箇所は訪れているだろうか。廃病院、廃ホテル、朽ち果てた神社、ダムなど。さすがに夜は怖いので、行くのはもっぱら昼間の明るいうちだ。
その日は車で一時間ほどの廃ホテルへ向かう予定でいた。なんでも、十数年前に亡くなった若い男性の霊が出るという。
「ねえ、いっしょに行かない? というか、ついてきてほしいの」
友人の突然のキャンセルで、霊感もなければ霊の存在をまるで信じていない弟に声をかけた。
「嫌だね。そんな暇ないし」
にべもない返事に「二千円あげるから」と釣ってみると、弟は「じゃ、三千円」と言って立ち上がった。
こんなヤツでも、いないよりはいるほうがましだ。
鬱蒼と茂った木々の中に廃ホテルはあった。陽の光が当たらず昼間なのに薄暗い。
「姉ちゃん、ほんと好きだねえ。幽霊なんているわけないじゃん。いるとしたら、犯罪者かホームレスだよ。オレ、そっちのほうが怖いんだけど」
雑草をかきわけ先を歩く私に弟が声をかける。
「音がするとか、影があるとかよく言ってるけど、音は動物の足音や木材のきしみで、影はたまたまなんじゃないの」
現実的な男がそばにいると心強い。
廃ホテルの入口のガラスは割られており、簡単に中に入ることができた。肝試しにやってきた若者たちが残したのだろう、落書きが壁一面に描かれていて、私の恐怖心を一層かきたてた。
「だれかいるよ。先客かな」
弟が廊下の突き当りを指さした。
「ほら、足音がする」
確かに遠ざかる足音が聞こえた。
「どうする? 確認しに行く?」
弟はゆっくりと廊下の突き当りに進むと「あっ」と声を上げた。だれかいたようだ。
「すみません。ぼくたち、幽霊が出るといううわさを聞いて興味本位で来ただけなんです。すぐに出ます」
弟はそう言うと頭をかきながら小走りで戻ってきた。
「だめだよ、工事の人が入ってた。解体するんじゃないかな」
ヘルメットをかぶり、首にタオルを巻いた男性がいたという。
なんだか腑に落ちないなと思いながらも、車に戻りエンジンをかけた。
「ひとりで解体なんかするかな。外にそれらしき車は一台も停まってなかったじゃない」
「知らねえよ。ひとりでコツコツ解体するのもありなんじゃないの」
しばらく走ってからふとバックミラーを見て私は震えあがった。後部座席にヘルメットをかぶった男が座っていたのだ。
そういえば弟のヤツ……興味本位とかなんとか言ってたっけ。だからとり憑かれたんだ。
弟はハンドルを握る私に手を差し出した。
「姉ちゃん、三千円忘れないでよ」
バックミラーには、助手席の弟に覆いかぶさろうとする男が映っていた。
(了)
「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください」
三人の指が乗った硬貨はゆっくりと動き始める。
「私じゃないよ」「私も何もしていない」「勝手に動いているよ」
硬貨は五十音の一文字でピタリと止まり、その後次の文字に移動した。
「どうする、こっくりさんが来てるよ。私、怖い」
まだ始めたばかりなのに、私たちは恐怖で涙目になっていた。
その時突然教室のドアが開いた。
「あなたたちまだいたの。早く帰りなさい」
担任の藤井先生だった。
「またそんなことやってるの。興味本位や遊び半分でやってるとそのうち霊にとり憑かれちゃうぞ」
藤井先生がわざと怖い声を出したので、私たちは悲鳴を上げて教室を飛び出した。
帰り道、私は「遊び半分じゃないよね。真剣だよね」と息をはずませ、友だちとうなずき合ったものだ。
そんな私は大人になってからも怖い話が好きだった。霊感はないので恐ろしい体験はないが、本を読んだり動画を観たりして、この世に霊はいるものだと信じていた。今では、幽霊が出るらしい、といううわさを聞くと、その場所に訪れることが趣味になっている。
これまでに二十箇所は訪れているだろうか。廃病院、廃ホテル、朽ち果てた神社、ダムなど。さすがに夜は怖いので、行くのはもっぱら昼間の明るいうちだ。
その日は車で一時間ほどの廃ホテルへ向かう予定でいた。なんでも、十数年前に亡くなった若い男性の霊が出るという。
「ねえ、いっしょに行かない? というか、ついてきてほしいの」
友人の突然のキャンセルで、霊感もなければ霊の存在をまるで信じていない弟に声をかけた。
「嫌だね。そんな暇ないし」
にべもない返事に「二千円あげるから」と釣ってみると、弟は「じゃ、三千円」と言って立ち上がった。
こんなヤツでも、いないよりはいるほうがましだ。
鬱蒼と茂った木々の中に廃ホテルはあった。陽の光が当たらず昼間なのに薄暗い。
「姉ちゃん、ほんと好きだねえ。幽霊なんているわけないじゃん。いるとしたら、犯罪者かホームレスだよ。オレ、そっちのほうが怖いんだけど」
雑草をかきわけ先を歩く私に弟が声をかける。
「音がするとか、影があるとかよく言ってるけど、音は動物の足音や木材のきしみで、影はたまたまなんじゃないの」
現実的な男がそばにいると心強い。
廃ホテルの入口のガラスは割られており、簡単に中に入ることができた。肝試しにやってきた若者たちが残したのだろう、落書きが壁一面に描かれていて、私の恐怖心を一層かきたてた。
「だれかいるよ。先客かな」
弟が廊下の突き当りを指さした。
「ほら、足音がする」
確かに遠ざかる足音が聞こえた。
「どうする? 確認しに行く?」
弟はゆっくりと廊下の突き当りに進むと「あっ」と声を上げた。だれかいたようだ。
「すみません。ぼくたち、幽霊が出るといううわさを聞いて興味本位で来ただけなんです。すぐに出ます」
弟はそう言うと頭をかきながら小走りで戻ってきた。
「だめだよ、工事の人が入ってた。解体するんじゃないかな」
ヘルメットをかぶり、首にタオルを巻いた男性がいたという。
なんだか腑に落ちないなと思いながらも、車に戻りエンジンをかけた。
「ひとりで解体なんかするかな。外にそれらしき車は一台も停まってなかったじゃない」
「知らねえよ。ひとりでコツコツ解体するのもありなんじゃないの」
しばらく走ってからふとバックミラーを見て私は震えあがった。後部座席にヘルメットをかぶった男が座っていたのだ。
そういえば弟のヤツ……興味本位とかなんとか言ってたっけ。だからとり憑かれたんだ。
弟はハンドルを握る私に手を差し出した。
「姉ちゃん、三千円忘れないでよ」
バックミラーには、助手席の弟に覆いかぶさろうとする男が映っていた。
(了)