第16回「小説でもどうぞ」選外佳作 花を燃やして/奥山いずみ
第16回結果発表
課 題
遊び
※応募数206編
選外佳作
「花を燃やして」奥山いずみ
「花を燃やして」奥山いずみ
小鳥が一羽死んでいるのを見つけたのは、町内会の手伝いで公園の清掃をしているときだった。なんという種類の鳥かはわからない。茶色と白と少し黄色が混じった羽をして、瞼はぴったりと閉じ、植木の間に体を横たえていた。まるで置物のようだった。
わたしは小鳥が完全に死んでいるのを確かめて、スコップで穴を掘って花壇の隅に埋めてやり、墓石代わりの石を土の上に載せた。
小鳥の墓が気になって公園に足を運んだのは、それから一週間ほどした塾の帰り道だった。学校では進路相談なんかもあって、一時的に勉強を頭から切り離したい気持ちになっていた。
公園に着くと、小さな明かりがぼんやりと宙に浮いているのが見えた。しかも、ちょうど花壇の辺りで光っているのだった。一瞬ぞっとしたが、それが炎であることはすぐにわかった。そして、その炎を一人の女性が灯していることも、暗がりの中で見えてきた。その人はわたしの存在にすでに気づいていて、こちらを無表情で見つめていた。
逃げようかと思った瞬間、女性がこちらに向かって言った。
「あなたも何か、燃やしにきたんでしょ?」
わたしは咄嗟に、そうではなくて小鳥のお墓を見にきたのだと返事をしてしまっていた。ごまかして立ち去ることもできず、歩いて近づくと、女性の手元で燃えているものが見えてきた。花、それもドライフラワーだった。
「そう、ここに鳥が眠ってるんだ。横で花を燃やしたりして悪いことしたね」
「いえ、なんだが弔いのようで、いいんじゃないでしょうか」
事実、墓前で花を燃やす行為は灯篭流しのような儚さがあって、美しくさえ感じられた。女性から、埋めたのは飼っていた鳥かと訊かれたので、わたしは公園で死んでいた野生の鳥だと答えた。
「その鳥、きっときれいだったのね」
ふいに女性が言うので、わたしはどきりとして女性の方を見た。
「違った? だって、死んでいる野鳥を埋めるなんて、きれいな鳥でしかしないでしょう」
当然のように言われるのが、心を見透かされているかのようで怖かった。小鳥を埋めるのを傍らで見ていたのではないかと錯覚させる口調だった。女性の言ったことは事実で、小鳥はたしかに汚れも腐敗もせずきれいだった。だが、それを言葉にされるのは嫌だった。
女性は数輪ある花から一輪を手渡してきた。ドライフラワーだと初めは思ったが、近くで見ると単に枯れ切った花に感じたし、花弁の間に埃が溜まってもいた。わたしは女性が持つライターの炎に花をくべた。ゆらりと炎が揺れて、次の瞬間には花が燃え始めていた。
「茎の上の方まで炎が来たら、土に差して火を消してね」
そう言われ、わたしはうなずいた。
「この花ね、元は花束だったのをドライフラワーにしたの」
女性が言うのを聞いて納得した。手作りだから、売り物のように整った見た目ではないのか。
「大切な方からの贈り物だったんですね」
「え?」
「ドライフラワーにして、ずっと取っておきたかったってことなのかなって」
わたしが言うと、女性は小さく息をついて「そうだね」と答えた。
「恋人だと思ってた人からもらったの」
「……だと思ってた?」
「二股されてたの。しかも、わたしは本命じゃなくて、遊び。嫌になるよね。本命じゃない人間にどうして花なんか贈るんだか」
「……」
「あ、危ない。消さないと、火」
手元の花はほとんど燃えていて、火が指先まで近づいてきていた。わたしは慌てて花の茎を地面に差した。地面にはすでに燃やされた花の茎が何本も差さっていた。
「やけどは? 大丈夫?」
「大丈夫です。火、近いの、全然気づきませんでした」
わたしたちはそれから残りの花を燃やした。マッチのように素直に燃える花もあれば、踊るように体をくねらせる小花もあった。すべてに火を灯して燃やし終えると、辺りが急に真っ暗になった気がした。
「あの、そろそろわたし、帰ります」
わたしがそう言うと、女性は何も言わずにほほ笑み、手を振った。
公園から出るとき、わたしは一度振り返った。女性が急にいなくなっていたら怖いと思ったが、まだ花壇の前に姿が見えた。女性は呆然と、ただその場に佇んでいた。
わたしは家を目指して歩き始めた。手にはじんじんと、花を燃やした感覚が残っていた。
(了)
わたしは小鳥が完全に死んでいるのを確かめて、スコップで穴を掘って花壇の隅に埋めてやり、墓石代わりの石を土の上に載せた。
小鳥の墓が気になって公園に足を運んだのは、それから一週間ほどした塾の帰り道だった。学校では進路相談なんかもあって、一時的に勉強を頭から切り離したい気持ちになっていた。
公園に着くと、小さな明かりがぼんやりと宙に浮いているのが見えた。しかも、ちょうど花壇の辺りで光っているのだった。一瞬ぞっとしたが、それが炎であることはすぐにわかった。そして、その炎を一人の女性が灯していることも、暗がりの中で見えてきた。その人はわたしの存在にすでに気づいていて、こちらを無表情で見つめていた。
逃げようかと思った瞬間、女性がこちらに向かって言った。
「あなたも何か、燃やしにきたんでしょ?」
わたしは咄嗟に、そうではなくて小鳥のお墓を見にきたのだと返事をしてしまっていた。ごまかして立ち去ることもできず、歩いて近づくと、女性の手元で燃えているものが見えてきた。花、それもドライフラワーだった。
「そう、ここに鳥が眠ってるんだ。横で花を燃やしたりして悪いことしたね」
「いえ、なんだが弔いのようで、いいんじゃないでしょうか」
事実、墓前で花を燃やす行為は灯篭流しのような儚さがあって、美しくさえ感じられた。女性から、埋めたのは飼っていた鳥かと訊かれたので、わたしは公園で死んでいた野生の鳥だと答えた。
「その鳥、きっときれいだったのね」
ふいに女性が言うので、わたしはどきりとして女性の方を見た。
「違った? だって、死んでいる野鳥を埋めるなんて、きれいな鳥でしかしないでしょう」
当然のように言われるのが、心を見透かされているかのようで怖かった。小鳥を埋めるのを傍らで見ていたのではないかと錯覚させる口調だった。女性の言ったことは事実で、小鳥はたしかに汚れも腐敗もせずきれいだった。だが、それを言葉にされるのは嫌だった。
女性は数輪ある花から一輪を手渡してきた。ドライフラワーだと初めは思ったが、近くで見ると単に枯れ切った花に感じたし、花弁の間に埃が溜まってもいた。わたしは女性が持つライターの炎に花をくべた。ゆらりと炎が揺れて、次の瞬間には花が燃え始めていた。
「茎の上の方まで炎が来たら、土に差して火を消してね」
そう言われ、わたしはうなずいた。
「この花ね、元は花束だったのをドライフラワーにしたの」
女性が言うのを聞いて納得した。手作りだから、売り物のように整った見た目ではないのか。
「大切な方からの贈り物だったんですね」
「え?」
「ドライフラワーにして、ずっと取っておきたかったってことなのかなって」
わたしが言うと、女性は小さく息をついて「そうだね」と答えた。
「恋人だと思ってた人からもらったの」
「……だと思ってた?」
「二股されてたの。しかも、わたしは本命じゃなくて、遊び。嫌になるよね。本命じゃない人間にどうして花なんか贈るんだか」
「……」
「あ、危ない。消さないと、火」
手元の花はほとんど燃えていて、火が指先まで近づいてきていた。わたしは慌てて花の茎を地面に差した。地面にはすでに燃やされた花の茎が何本も差さっていた。
「やけどは? 大丈夫?」
「大丈夫です。火、近いの、全然気づきませんでした」
わたしたちはそれから残りの花を燃やした。マッチのように素直に燃える花もあれば、踊るように体をくねらせる小花もあった。すべてに火を灯して燃やし終えると、辺りが急に真っ暗になった気がした。
「あの、そろそろわたし、帰ります」
わたしがそう言うと、女性は何も言わずにほほ笑み、手を振った。
公園から出るとき、わたしは一度振り返った。女性が急にいなくなっていたら怖いと思ったが、まだ花壇の前に姿が見えた。女性は呆然と、ただその場に佇んでいた。
わたしは家を目指して歩き始めた。手にはじんじんと、花を燃やした感覚が残っていた。
(了)