第17回「小説でもどうぞ」佳作 鳩時計/清水一麿
第17回結果発表
課 題
家
※応募数253編
「鳩時計」
清水一麿
清水一麿
「鳩時計を持っていますか」
突然の質問に面食らう。スーツ姿のその男は頭にシルクハットを被っていた。ウィスキーのグラスをカウンターに置き、私は答える。
「鳩が中から飛び出してくるやつかい?」
「その通りです」
男は笑顔を見せる。妙なやつに絡まれたもんだ。そう思いながらも面白半分でこう言う。
「家にあるが」
すると彼の笑顔が一段と明るくなった。
「実はわたくし、鳩時計修理の専門家でして」
私は少々驚く。今どき時計の修理というだけでも珍しいのに、鳩時計専門とは。
「やっていけるのかね、その仕事」
「厳しいですが、ぼちぼちです」
「ふーん」
私はウィスキーをひと舐めし、言った。
「鳩時計の鳩ったら、まるで阿呆みたいだね。パッポパッポと、同じこと繰り返してさ」
すると男は少々かしこまった様子で言った。
「どうです、わたくしに、時計を修理させていただけませんか」
「うーん、そうは言ってもね、うちの鳩時計は別に壊れてはいないんだ」
「構わないのです。修理の専門家、とは申しましたが、わたくしの仕事は鳩時計を直すことだけではありません」
「どういうことだい」
訊ねると、男はうれしそうに言う。
「鳩時計を、改良するのです」
私はその言葉に興味を惹かれた。
「ほう。いったいどういう風に?」
「それは見てのお楽しみ。ですがこうして出会った縁です。お安くしておきますよ」
結局、好奇心に勝てずに、私は男を家へ招いたのだった。私の自宅へ着くと早速、男は居間の壁にある鳩時計を検分し始める。
「これですね、いい時計だ」
そしてこう言った。
「しばらく席を外してもらえませんか」
「え?」
「どんなものが出来上がるか、わかってしまっては楽しみが薄れます」
「そうか、わかった」
私は言われた通り、男を居間に残してキッチンへ向かった。そこの椅子でビールを飲みながら待つことにした。
びくっと身体が震え、目が覚める。眠り込んでしまったようだ。
目を擦りながら、居間へ戻る。誰もいない。私は青くなる。しまった、だまされた。酔っぱらった挙句、知らない人間を家に入れるなんて、うかつだった。
慌てて部屋を見回すが、荒らされた形跡はない。かわりに、テーブルの上にメモ書きが置かれていることに気づいた。
『ご依頼の品、改良完了いたしました。鳩が飛び出すギミックを、とくとご覧あれ』
私はホッと胸を撫でおろし、壁へ目をやる。
そこに鳩時計はなかった。
「くそ、やはりだまされた」
しかし鳩時計だけを盗んでいくとは、妙な泥棒だ。
私は首を傾げる。熱狂的な鳩時計コレクターなのだろうか。それとも単なるいたずら?
色々考えると、段々腹が立ってくる。高い時計ではなかったが、もしかしたら価値のあるものだったのかもしれない。あるいは、酔っぱらいをからかって面白がっているのか。下劣だ。あの男はどこにいるのか。捕まえて文句の一つも言わないと気が済まない。
私は腕時計を確認する。
「十二時か……」
もはや無駄とは知りつつ、私は玄関へ向かう。怒りに任せて扉を開ける。一歩出た瞬間、
「うわっ!」
私は叫んだ。何かに後ろから掴まれたような感覚があった。玄関に引っ張り戻され、私はしりもちをつく。
「何だ、今のは」
振り返ってみても、何もない。もう一度、外へ出てみる。
「うわあっ!」
同じだった。私はまた家の中へ引きずり戻されていた。
おかしな話だった。こんなことはありえない。だが、何度外へ出ようと足を踏み出しても、妙な力が働いて、それ以上進めないのだ。
「馬鹿な」
そんなはずはない。私は外へ出る。出られるはずなのだ。
「ぐわあっ!」
しかし駄目だった。何度やっても不可能だった。私は外へ出られない。家に縛り付けられているかのように、中へ引き戻される。
「くそぉおおお!」
夜の街に私の叫び声だけが響く。私は鳩、鳩は私だった。
何度も出たり入ったりを繰り返し、十二回目に、私はとうとう家から出るのをあきらめた。
(了)