第17回「小説でもどうぞ」選外佳作 田舎の家/瀬島純樹
第17回結果発表
課 題
家
※応募数253編
選外佳作
「田舎の家」
瀬島純樹
「田舎の家」
瀬島純樹
玄関から声をかけても、なんの返事もなかった。男があきらめて、帰りかけたとき、奥から老婆が顔をのぞかせた。
「ご主人は、おいでですか?」と男は声をかけた。
「ああ、畑におる」と老婆は返事をした。
男は勝手に家の中入った失礼をわびて、
「鍵が掛かってなかったので、いらっしゃるとおもいました」といった。
「そうかね、でも、家には、かぎを掛けんよ」と老婆のいいかたはそっけなかった。
老婆の話では、畑や田んぼで仕事をするときも、鍵は掛けないというから、いくら田舎でも、不用心じゃないかと男は心配になった。
家のすぐ前には、畑が広がっていて、収穫を待つ青々とした野菜が見えた。
ここのほかに、離れたところで稲作もしている。眺められる畑だけでも、ずいぶん広い農地だ。
老夫婦二人だけで、米と野菜作りをしているから、たしかに仕事のたびに、いちいち家に、鍵を掛けていられないのかもしれない。
しかし、無施錠はもっと徹底していた。夫婦二人して、泊りで一日中家を空けることがあっても、鍵は掛けないというのだ。
それはもう、ただの面倒くさいとかいうのではなく、なにか特別なわけがあるのかもしれない。
「もしかしたら、どなたか、帰りを待っておられるご家族でもおありですか」と老婆にたずねてみた。すると、
「そんな家族は、おらん」
「でも、鍵を掛けずにいて、泥棒とか、不審者とか、心配ではありませんか」と男は聞いた。
「そんな心配、今までしたことない。この家の中に、人に取られて、困るようなものは、なんにもありゃせん」
男が呆れたような顔をしていると、老婆は続けて、
「家に入りたいもんは、誰でも遠慮せず、入れるようにしているだけだ」といった。
要領を得ない返事に、男は聞かずにはいられなかった。
「誰でも、ですか?」
「そう、誰でも」と老婆はきっぱりと答えた。
老婆のちょうど後ろには、ちょっと見かけないほど立派な仏壇が据えてあった。
男は気が付いて、ふと見あげると、高い天井の梁のところに、この家の先祖たちの遺影が、いくつも掲げてあった。
老婆は、男が写真に見入っているのに、気が付くと、
「あそこのもんは、みんな墓の中におる。誰も帰ってこんよ」と老婆はにんまり笑って、続けた。
「今でこそ、だだっぴろくて、さみしい家だがね、むかしは違った」
家族も大勢いた。大騒ぎして走り回る子どももいた。いつでも誰かしら親戚の人もいて、村のものや、出入りの業者のものもいたそうだ。
「あの頃のことは、今も目の前に、見えるよ。年がら年中、そりゃあにぎやかで、なんといっても、家に活気があった」と老婆はなつかしそうにいった。
男は、老婆のむかし話にうなずきながら、家を見回した。
殺風景なくらい広くて、静かな家だけれど、むかしの家だけあって、何もかもが大きいと男はあらためて感心した。
板張りの長い縁側、むき出しの大きな梁、茅葺の大屋根、どれをとっても、堂々とした造りの家だ。
縁側から老人が上がってきた。あふれるほどの野菜を盛ったかごを床に置くと、野菜は手をかけたぶん、こたえてくれて裏切らないとつぶやいて、うちの婆さんの話、聞いていたら、日が暮れるよ、といいながら、部屋に入ってきた。
老人は、さっきまでの会話は聞いていたようで、
「古い家だから、入ろうと思えば、どこからでも入れますよ。むかしは、鍵なんか掛けなかったでしょうね。もっとも最近は、婆さんがいったように、この家に興味を持ってくれる人は誰でも、いつでも、家の中を見てもらえるように、玄関にも、裏の勝手口にも鍵は掛けませんよ」といった。
「そうだったんですか」
「この間も、家を見たいという人が来たんですがね、それが、外国の人だから、びっくりですよ」と老人は帽子をぬいだ。
「それは広告の効果です。早く買い手が決まるといいですね。返済期限が迫っていますから。それから、家には施錠をお願いします。債権保全のためです」
(了)
「ご主人は、おいでですか?」と男は声をかけた。
「ああ、畑におる」と老婆は返事をした。
男は勝手に家の中入った失礼をわびて、
「鍵が掛かってなかったので、いらっしゃるとおもいました」といった。
「そうかね、でも、家には、かぎを掛けんよ」と老婆のいいかたはそっけなかった。
老婆の話では、畑や田んぼで仕事をするときも、鍵は掛けないというから、いくら田舎でも、不用心じゃないかと男は心配になった。
家のすぐ前には、畑が広がっていて、収穫を待つ青々とした野菜が見えた。
ここのほかに、離れたところで稲作もしている。眺められる畑だけでも、ずいぶん広い農地だ。
老夫婦二人だけで、米と野菜作りをしているから、たしかに仕事のたびに、いちいち家に、鍵を掛けていられないのかもしれない。
しかし、無施錠はもっと徹底していた。夫婦二人して、泊りで一日中家を空けることがあっても、鍵は掛けないというのだ。
それはもう、ただの面倒くさいとかいうのではなく、なにか特別なわけがあるのかもしれない。
「もしかしたら、どなたか、帰りを待っておられるご家族でもおありですか」と老婆にたずねてみた。すると、
「そんな家族は、おらん」
「でも、鍵を掛けずにいて、泥棒とか、不審者とか、心配ではありませんか」と男は聞いた。
「そんな心配、今までしたことない。この家の中に、人に取られて、困るようなものは、なんにもありゃせん」
男が呆れたような顔をしていると、老婆は続けて、
「家に入りたいもんは、誰でも遠慮せず、入れるようにしているだけだ」といった。
要領を得ない返事に、男は聞かずにはいられなかった。
「誰でも、ですか?」
「そう、誰でも」と老婆はきっぱりと答えた。
老婆のちょうど後ろには、ちょっと見かけないほど立派な仏壇が据えてあった。
男は気が付いて、ふと見あげると、高い天井の梁のところに、この家の先祖たちの遺影が、いくつも掲げてあった。
老婆は、男が写真に見入っているのに、気が付くと、
「あそこのもんは、みんな墓の中におる。誰も帰ってこんよ」と老婆はにんまり笑って、続けた。
「今でこそ、だだっぴろくて、さみしい家だがね、むかしは違った」
家族も大勢いた。大騒ぎして走り回る子どももいた。いつでも誰かしら親戚の人もいて、村のものや、出入りの業者のものもいたそうだ。
「あの頃のことは、今も目の前に、見えるよ。年がら年中、そりゃあにぎやかで、なんといっても、家に活気があった」と老婆はなつかしそうにいった。
男は、老婆のむかし話にうなずきながら、家を見回した。
殺風景なくらい広くて、静かな家だけれど、むかしの家だけあって、何もかもが大きいと男はあらためて感心した。
板張りの長い縁側、むき出しの大きな梁、茅葺の大屋根、どれをとっても、堂々とした造りの家だ。
縁側から老人が上がってきた。あふれるほどの野菜を盛ったかごを床に置くと、野菜は手をかけたぶん、こたえてくれて裏切らないとつぶやいて、うちの婆さんの話、聞いていたら、日が暮れるよ、といいながら、部屋に入ってきた。
老人は、さっきまでの会話は聞いていたようで、
「古い家だから、入ろうと思えば、どこからでも入れますよ。むかしは、鍵なんか掛けなかったでしょうね。もっとも最近は、婆さんがいったように、この家に興味を持ってくれる人は誰でも、いつでも、家の中を見てもらえるように、玄関にも、裏の勝手口にも鍵は掛けませんよ」といった。
「そうだったんですか」
「この間も、家を見たいという人が来たんですがね、それが、外国の人だから、びっくりですよ」と老人は帽子をぬいだ。
「それは広告の効果です。早く買い手が決まるといいですね。返済期限が迫っていますから。それから、家には施錠をお願いします。債権保全のためです」
(了)