第17回「小説でもどうぞ」選外佳作 他人になる日/Y助
第17回結果発表
課 題
家
※応募数253編
選外佳作
「他人になる日」
Y助
「他人になる日」
Y助
「明日からもう、家には帰って来ないから」
大学に通う長男が、突然そう宣言した。それは、夕食後のんびりとテレビを、眺めている時のことだった。
家から大学まで、電車を乗り継ぎ、一時間半の道のり。往復で三時間。その時間が、もったいないというのが理由だった。
「じゃあ私も、帰ってくるの、やめる」
便乗して、そう言い出したのは、まだ高校二年の長女。放課後は、思いっきり友達と遊びたいからと、妙に頷ける理由を口にした。
ついに我が家にも、そんな風が吹き込んできたのか……。私は、どうしたものかと考えながら、二人の子供を交互に眺めた。
母親として、それを二つ返事で、認めるわけにはいかない。しかし、家を捨てて生活する人が、増えているのも事実だ。
「ねえ、いいでしょ。友達だって、みんなそうしてるんだから」
と、長女が甘えたような声を出し、口をとがらせている。こうなるともう、思い通りになるまで、黙ることはないだろう。
「だいたいさあ……、お父さんだって、もう十日も、帰って来てないじゃない」
と、長女は言葉を続けた。結局それが決め台詞となり、私は子供たちの要求を、しぶしぶ認めるしかなかった。
「どうして毎日、家に帰らなければならないの?」
始まりは、誰かが口にした、そんな素朴な疑問からだった。
「別に、帰らなくても、いいんじゃない」
そして、それを後押しするかように、駅や公園などに、中学生から大人まで、自由に泊まれる、簡易宿泊施設が作られ始めた。もちろんそれは、多くの人に支持され、拍手で受け入れられた。
スマホかタブレットがあれば、ゲームや動画を楽しみ、見ず知らずの人とも、簡単に繋がることができる。一人で過ごす時間を、孤独や不安で、埋める必要はない。
さらに、格安で美味しいレストラン。お酒も楽しめるカフェなどが、二十四時間、年中無休で店を開け、街を賑わせていった。
気がつけば、どこででも生きていける、世の中になっていた。わざわざ家に帰る理由など、もう、どこにも見当たらなくなった。
「お母さんも、帰って来るの、やめちゃえば。もう、いらないでしょ、家なんか」
家なんか……。長女の口から、気軽に飛び出した、その言葉がやけに寂しかった。
「そうだよ。こんな家、もう捨てちゃいなよ」
長男も簡単に、こんな家と、言い放った。
昔は、家に集うことが、家族の証だった。単に生活の拠点として、だけではない。家は、私たちにとって、心のより所だったはずだ。
まだ幼い長男を膝の上に乗せ、テレビを眺める夫。やっと首の座った長女に寄り添い、その隣でまどろむ私。それは、夢でも幻でもない。遠い昔に、確かに存在した、一家だんらんの一時だ。
しかし、ついに我が子たちは、家には帰らないと言い出した。家を捨て、家族が家族でなくなる時が、ついにやって来た。
存在を否定され、捨てられる家。そして、他人になることを、選んだ家族。
いつの日か、私たちがこの家を、思い出すこともあるのだろうか。私は、いつまで子供たちとの思い出を、夫との思い出を、大切にしていられるのだろう。
「じゃあ、お母さんも、お父さんみたいに、この家を捨てて、自由になろうかな」
全てを受け入れ、そう言おうとしたところで、ふと、思い出した。
十日ほど前、夫を殺して、庭に埋めたことを。
原因は……あれ、なんだっけ。どうしても、思い出せない。でも、そんなことも、忘れてしまうなんて……。
私と夫の関係も、家族同士の絆も、とっくの昔に、なくなっていたようだ。
でもさすがに、埋めた死体が見つかると、面倒なことになる。どうやら、ここに残って、見守り続けるしかなさそうだ。
しかし、それでは、家を捨てることができない。自由になれない……。なにかいい解決方法は、ないだろうか。
そう考え込む私を、子供たちは早くも、他人ごとのように、白けた顔で眺めていた。
(了)
大学に通う長男が、突然そう宣言した。それは、夕食後のんびりとテレビを、眺めている時のことだった。
家から大学まで、電車を乗り継ぎ、一時間半の道のり。往復で三時間。その時間が、もったいないというのが理由だった。
「じゃあ私も、帰ってくるの、やめる」
便乗して、そう言い出したのは、まだ高校二年の長女。放課後は、思いっきり友達と遊びたいからと、妙に頷ける理由を口にした。
ついに我が家にも、そんな風が吹き込んできたのか……。私は、どうしたものかと考えながら、二人の子供を交互に眺めた。
母親として、それを二つ返事で、認めるわけにはいかない。しかし、家を捨てて生活する人が、増えているのも事実だ。
「ねえ、いいでしょ。友達だって、みんなそうしてるんだから」
と、長女が甘えたような声を出し、口をとがらせている。こうなるともう、思い通りになるまで、黙ることはないだろう。
「だいたいさあ……、お父さんだって、もう十日も、帰って来てないじゃない」
と、長女は言葉を続けた。結局それが決め台詞となり、私は子供たちの要求を、しぶしぶ認めるしかなかった。
「どうして毎日、家に帰らなければならないの?」
始まりは、誰かが口にした、そんな素朴な疑問からだった。
「別に、帰らなくても、いいんじゃない」
そして、それを後押しするかように、駅や公園などに、中学生から大人まで、自由に泊まれる、簡易宿泊施設が作られ始めた。もちろんそれは、多くの人に支持され、拍手で受け入れられた。
スマホかタブレットがあれば、ゲームや動画を楽しみ、見ず知らずの人とも、簡単に繋がることができる。一人で過ごす時間を、孤独や不安で、埋める必要はない。
さらに、格安で美味しいレストラン。お酒も楽しめるカフェなどが、二十四時間、年中無休で店を開け、街を賑わせていった。
気がつけば、どこででも生きていける、世の中になっていた。わざわざ家に帰る理由など、もう、どこにも見当たらなくなった。
「お母さんも、帰って来るの、やめちゃえば。もう、いらないでしょ、家なんか」
家なんか……。長女の口から、気軽に飛び出した、その言葉がやけに寂しかった。
「そうだよ。こんな家、もう捨てちゃいなよ」
長男も簡単に、こんな家と、言い放った。
昔は、家に集うことが、家族の証だった。単に生活の拠点として、だけではない。家は、私たちにとって、心のより所だったはずだ。
まだ幼い長男を膝の上に乗せ、テレビを眺める夫。やっと首の座った長女に寄り添い、その隣でまどろむ私。それは、夢でも幻でもない。遠い昔に、確かに存在した、一家だんらんの一時だ。
しかし、ついに我が子たちは、家には帰らないと言い出した。家を捨て、家族が家族でなくなる時が、ついにやって来た。
存在を否定され、捨てられる家。そして、他人になることを、選んだ家族。
いつの日か、私たちがこの家を、思い出すこともあるのだろうか。私は、いつまで子供たちとの思い出を、夫との思い出を、大切にしていられるのだろう。
「じゃあ、お母さんも、お父さんみたいに、この家を捨てて、自由になろうかな」
全てを受け入れ、そう言おうとしたところで、ふと、思い出した。
十日ほど前、夫を殺して、庭に埋めたことを。
原因は……あれ、なんだっけ。どうしても、思い出せない。でも、そんなことも、忘れてしまうなんて……。
私と夫の関係も、家族同士の絆も、とっくの昔に、なくなっていたようだ。
でもさすがに、埋めた死体が見つかると、面倒なことになる。どうやら、ここに残って、見守り続けるしかなさそうだ。
しかし、それでは、家を捨てることができない。自由になれない……。なにかいい解決方法は、ないだろうか。
そう考え込む私を、子供たちは早くも、他人ごとのように、白けた顔で眺めていた。
(了)