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第17回「小説でもどうぞ」選外佳作 飛び地/秋あきら

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第17回結果発表
課 題

※応募数253編
選外佳作
「飛び地」
秋あきら
 時間指定で頼んだ宅配便を待っていたら、スマホが鳴った。
『大野さんの携帯でしょうか、すみません、ちょっとそちらの場所が分からなくて……』
 案の定、宅配ドライバーからの問い合わせだった。
 どういうわけか最近、こういう電話が増えた。カーナビを頼りに送り先の住所に着いたはいいが、そこには全く別の家が建っているというのだ。二世帯同居や居候ということもあるので家人に確かめたところ、そんな荷物は知らないと言われた。近所にもそれらしい家はない。困り果てて電話をしてくるという流れだ。今までもよく利用している宅配業者なのにどうして今更と、不思議でならない。しかも、何事もなく届く時もあるし、手紙などの郵便物はちゃんとポストに入っている。
「俺は生まれてから六十年、ずっとここに住んでる。正確には、亡き祖父母の代からだ。そこにある家の表札はどうなってるんです?」
『はあ、それはちょっと……』
 個人情報がどうのとうるさい時代だ。当然、このドライバーも言い淀んだ。仕方がないので、周りにどんな建物があるのか聞いてみた。
『いやあ、田んぼと畑ばっかりで…… あれは神社かなあ、あとは池があって……』
 畑の向こうに川が流れている。これも、毎回同じ答えだ。子どもじゃあるまいし、神社や池の名前くらい調べられないのだろうか。確かにこの辺りは田畑もあるが、それ程辺鄙へんぴな田舎でもない。徒歩十五分の最寄り駅には急行も停まる。俺が子どもの頃ならいざ知らず、ドライバーが言うような景色は、全く思い浮かばない。
『あの、どうしましょう?』
 不安そうなドライバーに、とりあえず駅を目指すよう頼んだ。なぜだか最寄り駅からやり直すと、ちゃんとうちにやって来るのだから謎は深まるばかりだ。
 結局今回も、多少の遅れはあったものの、荷物は無事届いた。しかし、とうとう妻が怒り出した。
「いい加減にして」
「そんなこと、俺に言われてもなあ」
「大体、同じ住所の家が二か所に存在するっておかしいじゃない。気がついてないだけで、本来届くべき荷物や手紙が届いていない可能性だってあるのよ」
 妻の言うことももっともだったので、役所へ電話をかけた。事情を説明すると、住民課の担当だという男が、なんとものんびりした声で返してきた。
『あー、いわゆる飛び地ですねー。大野様お住いの地区は多いんですよー。そういうのが』
「飛び地って、どういうことです?」
『はいー。地理的に分離している一部で……』
「そういうことじゃなくて。飛び地があったとしても、番地まで同じっておかしいでしょ。うちは三代ここに住んでるが、そんな話聞いたことがない。どうして今頃になってこんな」
『そう言われましてもー、登録上飛び地となってますしー。宅配業者の問い合わせが最近増えたというのは、グーグルの地図が更新されたからじゃないですかー。そもそも、住所が同じってことで、何か不都合あります?』
 思わずめまいがした。話が通じないとはこのことだ。俺はまくしたてた。
「だから言ってるじゃないか。荷物が……」
『でもー、遅れはしても届くんですよねえ? 免許の更新のお知らせや納税通知は?』
「そ、それは……だけど、知らないだけで、届くべき書類が届いていないかもしれない」
『あー、そんなに仰るなら、住所を変えます? かなり面倒ですよー、法務局に届けるの』
「何でうちが住所を変えなきゃいけないんだ。変えるなら向こうだろ」
 頭にきた。何だこの展開は。言ったもん勝ちなら聞いたことはあるが、これでは言ったもん負けではないか。話にならない。こうなったら、自力でその家を見つけ出して、どういことか話をつけてやる。
 翌日、俺は隣の駅からタクシーに乗った。家の住所を伝えて目を閉じた。金もかかるし、こんな方法でうまくいくかどうか分からない。が、ものは試しだ。
 どれくらい経ったのか、運転手に声をかけられて気がついた。どうやら眠っていたらしい。寝ぼけ眼で窓の外を見て驚いた。目の前にある家は、俺が子どもの頃住んでいた建て替える前の家にそっくりだった。表札も、俺の旧姓、妻と結婚する前のものだ。しかも、庭先で花をいじっているのは、写真で見た若かりし頃の祖父ではないか。
「役所に勤める息子から聞いたんですけどね、この辺は、飛び地だそうですよ。時間の飛び地。いやあ、初めて聞いた時は信じられなかったけど、本当にあるんですねえ……。で、お客さん、降りないんですか?」
 運転手の声を、俺は遠くで聞いている。
(了)