第18回「小説でもどうぞ」最優秀賞 金色の守り神/Y助
第18回結果発表
課 題
噂
※応募数273編
「金色の守り神」
Y助
Y助
山奥の小さな村は、減り続ける住民と深刻な高齢化に悩んでいた。持病を抱えた老人たちが、わずかな年金を頼りにかろうじて生計を立てる消滅間近の限界集落。夢も希望もなにもない、そんな村に私は生まれ育った。
ある日のこと。誰が流したのか、一つの噂で村じゅうが持ちきりになっていた。
『村長が、あれを車に積んで出て行った。ついに、あれを売ることにしたようだ』
あれ……。あれとは、村の守り神、金色に輝く釈迦如来像のこと。
その昔、貧しい村人たちが金を出し合い購入した宝くじが、見事、一等に当選。高額の賞金へと姿を変えた。しかし、村人たちはそれを分配せず、代わりに総重量百二十キロを超える純金の釈迦如来像を買った。
いつの日か村が消えてなくなるときには、生活の糧となるようそれを売り、皆で平等に分けよう。それまでは、村の守り神として大切に祀っていこう。と、約束を交わして。
その後、金相場は上昇を続け、当時の七倍程にも膨れ上がり、今やその価値、ざっと十億円。村の存続が危ぶまれる中、まさに、売り時を迎えている。
村人は現在、十六人。均等に頭割りすると、一人当たりの分配金は、六千二百五十万円となる。夢のような大金に、誰もが踊り出したい気持ちを抑え、静かに喜びを噛みしめた。
翌日、長いこと病気を患っていた長老のお爺さんが死んだ。村人が一人減り、取り分は六千六百六十万円になった。たった一人減っただけで、四百十万円もの増額だ。
村を流れる川の橋のたもとには、もう何年も寝たきりの老婆が住んでいる。山の中腹のあばら屋には、末期癌と闘いながら余命を過ごすお爺さんがいる。
「一人でも多く死んでくれたなら……」
そんなことを、私ではないもう一人の私が、心の奥底で呟いた。と同時に、ただそのときを待つのではなく、もっと積極的に行動に出たほうが……。そんなことをそそのかす本当の私を無視することに苦労した。
どこか白々しい隣人の笑顔。ひそひそ声の井戸端会議や、真夜中、森の中から聞こえる人の足音。全てのことが怪しい。
村人が減れば減るほど増える分配金。その争奪戦は、私の知らないところでもう始まっているのかもしれない。
村全体が真っ暗な闇の中で、不穏な空気に覆われている。そして私は、一日じゅう玄関に鍵を掛けるようになっていた。
数日後、事態は思わぬ方に進み始めた。
ある一人のお婆さんの家に長男一家が同居を始め、四人家族になった。別の老夫婦のところにも、三人の孫を連れた娘が住民票を移して帰って来た。
きっと、あれを売った分け前にありつこうと集まって来たのだろう。住人が増えると、当然、一人一人の取り分は少なくなる。しかし、増えすぎなければ、家族まとめての取り分は逆に多くなる。
山奥の小さな村にはそんな人たちが次々と押し寄せ、上辺だけの賑わいを取り戻していった。
しかし、毎日のように聞こえて来る子供たちの遊び声には、そんな打算のかけらも感じられない。
無邪気で純粋な声は、村を覆っていた真っ暗な闇を消し去り、村人たちを笑顔にしていった。いつしか私も、分配金のことなどもうどうでもよくなっていた。
そんな中、村長の乗る車が急勾配の山道を登り、帰って来た。
「皆さん、釈迦如来像、売れませんでした」
集まって来た村人たちを前に、開口一番、村長はそう言って頭を下げた。
いい買い手が見つからなかったからと、なぜか満面の笑みを浮かべての謝罪。
それを見て私はピンと来た。どうやら一杯食わされたようだ。
あれを売る。そんな噂が流れれば、分配金目当てに大勢の人が帰って来るだろう。そして、住人が増え、村は活気を取り戻す。
金がもらえないのなら、はい、さようなら。あからさまにそう言える人などいるものではない。たとえ分配金が消えてしまっても、当分の間は村で暮らすことになるはずだ。中には、そのまま住み着く人も……。
例の噂の出どころは、村長に違いない。
限界集落からの脱却。村長の狙いは、初めからそこにあったのだ。
増えに増えた大勢の村人を見渡し、満足気な村長。その隣には、車の中から大切に運び出された光り輝く純金の塊。そして、その周りを元気に走る子供たち。
金色の釈迦如来像は、村の守り神としての役割を十分に果たしてくれたようだ。
(了)