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第18回「小説でもどうぞ」選外佳作 噂の男子/小木田十

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第18回結果発表
課 題

※応募数273編
選外佳作
「噂の男子」
小木田十

 同窓会会場では、既に中年の男女があちこちで歓談していた。遅れてやって来た伊内星斗は、知った顔を探して会場内を回ったが、中学を卒業してもう三十年も経つせいで、誰が誰なのかさっぱり判らなかった。
 立食パーティー形式の、学年全体の同窓会だった。星斗はあちこちの歓談の輪の背後を回って、同じクラスだった仲間を探して回った。星斗の場合は、中三の二学期の途中で転校してしまったため、友人を見つけることも、見つけてもらうこともハンデがあった。
 会場を一周して、数人の仲間と輪になって、糖尿病だとか四十肩だとかの話をしている男性が、かつてノートにクラスメイトの似顔絵をよく描いていた小川君じゃないかと気づいた。星斗は彼の背後に立って、会話に聞き耳を立てた。彼は星斗の似顔絵も何度か描いて、みんなが「確かにこんな感じだな」「うん、伊内はそんな感じだね」などとほめていたことを覚えている。星斗自身は、そうかなあと思ったが、みんなが納得していたようだから、その似顔絵は上手かったのだろう。
「あの頃ってさあ、学校にトランプを持ち込んで、よく大富豪をやってたよな」
 やせてちょっとぎょろ目の男が言った。彼は……中村君だ。日本史に詳しくて、戦国武将の学習マンガをたくさん持っていた中村君。きっとそうだ。
「ああ、大富豪、よくやってたよな」と小川君がうなずく。「確か、負けたやつは何か暴露話をしなきゃいけない、みたいなルールを誰かが言い出してさ、最初のうちは男子の誰かが女子から体育館裏に呼び出されて喜んで行ったら別の男子への手紙を託されたりとか、学年主任が駅前で酔っ払って植え込みの前に座り込んでるのを見たとか、実話をしゃべってたけど、ネタがなくなったら今度は作り話をどんどん言い出したよな」
「あー、そんなことあった、あった」と同調したのは、岸本君のようだった。走るのが速くて、サッカーが上手かった。
 間違いない、ここに集まっている男性たちは、同じクラスの仲間たちだ。星斗はうれしくなってみんなに声がけをしようと思ったが、ちょっとしたいたずら心が湧いてきて、気づかれるまで近くに立って話を聞いていようと思った。誰かが気づいて「何だよ、伊内、いたのなら黙ってるなよ」などと言ってくれたら、多少は賑やかしになるだろう。それに、彼らの間で自分のことが話題に出たとき、どんな内容になるかという興味もあった。
 その後、彼らは今やっているそれぞれの仕事の話をしたり、何年生の子どもがいるといった話をしたりしていたが、小川君が「そういえば、伊内星斗のことも思い出すなあ」と言ったので、星斗は内心おおっと思い、顔を伏せて聞き耳を立てた。
「ああ、伊内星斗か」と中村君が言った。「駅前の中華料理屋の息子でさ、あいつのアネキが上京してアイドルを目指したけど売れなかったんだよな」
 他の面々が「そうそう」とうなずいた。
 よくそんなことを覚えてるものだと星斗は苦笑した。三学年上のアネキは、地元では美人で有名だったけれど、芸能界では通用しなかった。そういえばアネキは最近どうしてるんだろうか。
「伊内星斗はサッカー部で、上手かったんだっけ?」と中村君が尋ね、岸本君が「どうだったかなあ。さすがに記憶があいまいになっちゃったなあ」と言った。
 おいおい、ちょっとひどくないか。そんなに存在感なかったのか?
「もともとのきっかけは何だったっけ?」と小川君がみんなを見回し、「一学期の初日に、なぜか机が一つ多かったんだったかな?」と続けた。
 へ? 星斗はなぜか、足もとがぞわぞわっと寒くなるのを感じた。
「何かの手違いで机が一個多かったんだよな」と中村君が言った。「で、この机に座る生徒がどんなやつなのか、男子らが想像し始めてさ、みんなでどんどん膨らましてって」
「なつかしいなあ」岸本が笑っている。「本当はいない生徒のことを伊内星斗っていうやつがいるテイで、毎日毎日、本当にいるかのように話をして。バカなことやってたよなあ」
「そうそう」と小川が立てた人さし指を振った。「話を足していくうちに、本当に伊内ってやつがいるかのように思えてきて、ちょっと怖くなってきてさ」
 そうだった。伊内星斗というのは彼らの想像が生んだ架空の存在だったのだ。だからこの同窓会会場でも、誰からも話しかけられなかったのだ。当たり前だ、そもそも〔いない生徒〕なのだから。
 星斗は、そっと会場から気配を消した。
(了)