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時代考証のミス その1 ~戦闘シーン~

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作文・エッセイ
作家デビュー

実際の合戦場では概念や思想は通用しない

  最近、何作か、時代劇作家を志望するアマチュアが書いた時代劇を読んだが、予想以上に時代考証がなっていない。

  まず、戦闘シーン。

  合戦シーンで槍を突き、刀を振り回す。

  集団と集団が激突する合戦においては、槍は突く武器ではなく殴る武器である。

  敵の頭部を狙って殴りつけ、脳震盪を起こして昏倒したら、初めて止めを刺すために突く。

  まだ無事な敵に向かって突いたら、最悪、螻蛄首(けらくび)を掴んで引き摺り倒される。

  なお「集団」は大正二年の北原白秋の造語なので時代劇には使えない。

  時代劇に使える言葉は「群れ」「一味(『平家物語』の言葉)」「徒党(インド大乗仏教の哲学者の竜樹が著した『中論』の言葉)」など。

「脳震盪」も使えない。「脳震盪」は明治三十九年の『東京朝日新聞』の造語である。「震盪」ならば『春秋左氏伝』に「震蕩」の表記で出て来るが。

  槍が「突く武器」になったのは、戦国時代が終わり、武術の道場(江戸時代は「稽古場」と呼称した。「道場」は明治時代になって「剣術」が「剣道」になってから)で一対一の武芸を競うようになってから。

  また、合戦においては刀は基本的に使わない。よほど太くて長い、例えば胴太貫のような刀でなければ相手に届かない。

  ぶんぶん槍を振り回し、殴りつけてくる敵に短い刀で立ち向かって勝利を得るのは至難の技で、ほぼ不可能に近い。

  一対一の戦いならばイザ知らず、合戦場は大混戦で、いつ背後から敵に襲われるか知れたものではない。

「背後から襲うのは卑怯」などという概念や思想は、合戦場では通用しない。

  さて、平和な江戸時代になって以降の剣戟シーンでも間違いが非常に多い。

  最も多いのは敵の斬り込みを刀で受けて反撃する場面である。

  根本的に刀は毀(こぼ)れやすい武器である。刀を刀で受ければ、必ず刃毀れを起こす。最悪の場合には折れる。

  これは拙著『時代劇の間違い探し』(角川書店刊)で詳述した。

  

  

  ベストの戦闘法は「敵に空を切らせる」である。

  幕末に、「音なしの構え」で名高い高柳又四郎という剣客がいた。

  敵の打ち込みの切先を顔の寸前、5㎝ぐらいの至近距離で見切って、全て空を切らせる。自分は敵を挑発するだけで、ほとんど動かない。

  敵は、空振りに次ぐ空振りで、どんどん疲れてくる。高柳は、敵が疲れ果てたところを見計らって、一撃で倒す。

  高柳のエネルギーの消耗は、ほとんどゼロに近い。これが剣を取ってのベストの戦術である。

「藤沢周平さんの作品を良く読むんですが、剣の達人がどういう動きをするのかが、さっぱり分かりません」と質問してきた生徒がいた。

  で、私も藤沢作品を読んでみたが、藤沢さんは剣術を根本的に知らないのだろう。

  あまりの下手さ加減に呆れ、シラけて途中で放り出し、以降、藤沢作品は一切、読んでいない。

  藤沢さんが私の小説講座の生徒なら、原稿を真っ赤っ赤にするか「この場面は全没書き直し」と指示しただろう。

  私は、祖父が北辰一刀流免許皆伝の達人で、祖父は私が中学を出るまで存命だったので、いささか剣術には、うるさい。

プロフィール

若桜木虔(わかさき・けん) 昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センターで小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

 

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