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第21回「小説でもどうぞ」選外佳作 ユーモアの夢 黄砂夢

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第21回結果発表
課 題

学校

※応募数250編
選外佳作 
ユーモアの夢 黄砂夢

 とある文筆家との仕事の打ち合わせで聞いた話だ。彼にはイベントで講壇に立ってもらうことになっていた。その前に喫茶店で顔合わせとなった。
「昭和の終わり、いやもう平成になってたかな? ユーモアの学校っていうのがカルチャースクールで開かれるようになってね。そのときに一回、講師を務めたことがあったな」
 彼が言うには、市のカルチャーセンターで生け花や手話、フラダンスなどの教室が開かれるようになったらしい。その中に、ユーモアの学校ができることになった。しかし、肝心の講師が見当たらなかった。お笑い芸人を呼べるコネもないし、どうしたものかと職員が頭を抱えていたときに彼に白羽の矢が立った。文筆家なら面白いユーモアたっぷりの発想が出来るはずだと。
「ま、私もそのとき今より仕事も暇だったから週一回だしその依頼を受けたんだよ。ユーモアの学校だよ。どんな人間が来るかわかる? それは、ほんとに個性的な人間ばっかだったよ。でも、誰一人として面白くないわけ。堅物銀行員やら、いかにもモテなさそうな眼鏡かけたお姉さんだか、おばさんだかわからない女性とか。ま、大人になってから金払ってユーモア学ぼうっていうんだから、そうなるわな。みんなユーモアになりたいって思うくらいつまらないんだけど、ま、真面目だわな」
 ホットコーヒーを飲みながら彼の話を聞いていた。昭和の終わりのユーモア学校。滲んだブラウン管の映像が私の脳裏に浮かんできた。
「教壇に立って生徒さんの顔見たらみんな暗い顔してるんだよ。悲壮感漂っていたな。だから、まず、『みなさん、ユーモアとは視点の転換です。どんな、辛いことでも見方を変えれば、笑えます。卒業までに今の悩みを笑い飛ばしましょう。最後の授業ではみなさんの悩みをみなさん自身でジョークにしてください』って、言ったんだよ」
 喫茶店では彼が吸う煙草の煙のにおいがしている。この喫茶店もまた昭和の時代から時が止まってしまったようだ。
「私がそう言うと幾人かの顔が少しだけ明るくなってね。これはいけるかもなと、そのとき思ったんだ。で、最後の授業、みんなが発表していってね。眼鏡のおばさんは、自分がモテないことが悩みなんだけど、開き直って、女を捨ててニンニクたっぷりのラーメン食べたら元気が出ましたっていってたな。ま、悪くなかったけど、それだけじゃユーモアにならない。モノ好きな痴漢が近寄ってきても撃退できます、とか付け加えたらいいんじゃないか? とかね。で、最後、若い細身の男性が発表するんだけど、その悩みが重すぎたんだよ。幼い頃母親を亡くしてから、心から笑えませんって。で、ジョークにしようと思ったけど出来ませんでした。どうすればいいんですか?って、みんなに問いかけたの。教室中、硬直状態、誰も何も言えずに下向いちゃったんだ。そしたら、見学に来てたおじさんが、言ったんだよ。『あんちゃん、そりゃ、いくらなんでも重すぎだって。誰も何も言えないよ。ほら、このおじさんなんて下向いて、禿げた部分見えちゃってんじゃん。だめだよ、こういうときはライトにいかなくちゃ。ま、辛いのはわかるけど、自分が笑えるようになるまでは、女の尻でも追っかけたほうがいいよ、元気出るよ』って、そしたら、教室でクスクス笑い声が聞こえてね。思わず、自分も笑いそうになったんだけど、その細身の男性が顔真っ赤にして怒っちゃって。こんな侮辱されたくないって」
 喫茶店のBGMが鳴りやむとカップがソーサーに触れる音が響いた。結局、顔を真っ赤にして怒った男性のクレームがカルチャーセンターに入り、ユーモアの学校は閉鎖されたという。
「ま、今思えば笑い話だけどね。ユーモアって難しいなってそのとき私が学ばされたよ」
 世にあまたとある学校。文筆家の話を聞きながら、私はイベントが成功することを心から願っていた。
(了)