第21回「小説でもどうぞ」選外佳作 産者面談 倉田つべる
第21回結果発表
課 題
学校
※応募数250編
選外佳作
産者面談 倉田つべる
産者面談 倉田つべる
「何度も話し合っただろ。パートナー解消ってどういうことだよ」
目の前に座る少年、鈴原が絶句した。
「考え直したのよ。私はまだ一人でいたい。身軽でいたいの。出産するなら、もう少し大人になってからの方がいいって、今になって気付いたの」
鈴原の隣に座る少女、間宮の声にはだんだんと泣き声が混じり、小さくなった。ブレザーの中心にある深紅のリボンが
ここは、お互いの家でも、公園のベンチでも、こじゃれたカフェでも、ましてやホテルでもなかった。二年A組。高校である。
女性の社会進出が進み、いわゆる「産み時」を逃してしまう女性が増えた。一般的に、大学卒業後に就職をして、仕事に脂が乗る時期と結婚出産の適齢期が重なるからだ。実際、黒瀬も先月で三十歳になったが、教師の仕事に打ち込むあまり、出会いの場に行くことすらままならない。
ならば、社会進出「前」に子育てをやってしまおう。それが、長年議論された我が国の少子化対策の結論だった。出産入院中の学習はクラス内でフォローする。授業の間は、隣接する保育所にて預かってもらう。授業が終われば、クラスメイト同士で一緒に子のお世話をするので、いわゆる「弧育て」による虐待やノイローゼは起こりづらい。若さからくるオールだって余裕な体力は、夜泣き対応にぴったりだ。一見、突拍子もなく聞こえるかもしれないが、理に適う部分もあった。実際、国内の出生率は上向き傾向にある。
ただ、個人の意思が大前提だ。大前提であるがゆえに、今の状況が起こっているわけだ。
二人の意見は平行線をたどり、次第にヒートアップしてきた。まずい。
「妊活に踏み切る前に判断できて先生は良かったと思うよ。今はまだ対話が不十分な状況だと思うから、心の整理を付けていく方向で、今後は進めていきましょう。あと、カウンセラーとの予約も入れましょうね」
重苦しい空気を打ち消すように黒瀬が告げ、鈴原と間宮の産者面談は第三回で終了となった。
「黒瀬くん。君のクラスだが、受け持って三年、年間目標出生数を大きく割っているのは認識しているかな。おまけに、報告書に目は通したが、君のクラスの一人が出産を辞めたい、と」
校長室に呼びだされたときから嫌な予感はしていた。壁に設置されたアナログ時計の秒針の音まで大きく聞こえる。
「ですが、あくまで個人の意思によるものかと」
「それは、あくまで建前だよ」
いつもは穏やかに聞こえる校長の声に冷たさが宿る。
「この多様性の時代に、『教師から出産を強要された』などとSNSに書き込みでもされたら、我が校は終わりだ。だが、我が校の出生数が目標を下回る状態が続けば、補助金も打ち切られる。そうなっても、我が校は終わりだ」
――いっそ、終わってしまえばいいんじゃないですか。そんな風に言えたらどんなに楽だろう。通常の学習指導に加え、産者面談やら出産する生徒の管理やらで、どんどん増え続ける業務量。生徒の心身のフォローの負担。部活動を地域化することで、教師の負担を減らす、なんて取り組みがあったのがバカみたいな状況だ。だが、黒瀬とて職を失うわけにいかない。奨学金の返済と、脚の悪い母親の実家のリフォーム費用を優先した結果、貯蓄はほとんどない。
「あと一人。あと一人は少なくとも出産の目途を付けてくれ」
強烈な西日が差し込む教室で、全ての物体が影を落とした。黒瀬は窓の方へ向き、カーテンを手に取る。自宅の遮光カーテンと違い、薄手の淡いグリーンのカーテンは鈍く光を教室へと通す。
ガララララとドアを開く音に黒瀬は振り向いた。
「先生、用ってなんですか」
呼び出された鈴原がかすれた声を上げる。
全てのカーテンが閉まっていることに、彼は気付いているだろうか。
――あと一人。あと一人は少なくとも出産の目途を付けてくれ。
校長の声がこだまする。
――そうだ。一人が妊娠すればよいのだ。
「産者面談、始めましょうか」
ワイシャツのボタンをゆっくりと二つ開け、黒瀬は彼の方へと微笑んだ。
(了)