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第22回「小説でもどうぞ」佳作 祭りの灯 山崎雛子

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第22回結果発表
課 題

※応募数242編
祭りの灯 
山崎雛子

 木は森に隠せという。だから追っ手をまくために、俺は祭りの人混みに紛れ込んだ。腕を買われて窃盗団に入ることになったものの、先達から受け継いで、努力を惜しまず磨きをかけた盗みの技術は、重機の使用で建物の壁ごと粉砕されてしまった。潮時だと思ったのは、運悪く出くわした老婆を、若い連中が躊躇なく足蹴にしたのを見たときだ。俺の生きてきた時代が古ぼけた写真に切り取られ、くしゃくしゃになって風に飛ばされたような気がした。
 むろん簡単に抜けられるわけもなく、追われる身となったわけだが、捕まるつもりはさらさらない。海外にでも飛んで少し羽を休めようとぼんやり考えていた。
 特設ステージでは先ほどカラオケ大会が終わり、メインイベントとなる盆踊りの準備が着々と進められていた。沿道に立ち並ぶ屋台でジュージューと音を立てる鉄板も、その前を行き交う人の群れも、熱気と興奮でむせ返るようだ。やはり親子連れや若いカップルが多い。どの顔も明るく輝いて、俺をひどく場違いな思いにさせた。
 そもそも俺には、祭りの思い出などない。飲んだくれたおやじが出掛けるといえばパチンコで、スナック勤めのおふくろは朝まで帰ってこない。祭りどころか、休みにどこかへ連れていってもらったことなどなかった。そんな俺は、息を殺し気配を消すことは得意になったが、今この場から浮き上がっている違和感は誤魔化しようがないように思えた。
 さっきまで空一面に燃えていた夕焼けの残照はすっかり夕闇に沈み、提灯や屋台に灯りがともり始めた。気の早い虫たちが灯りに吸い寄せられていく。虫でさえ灯りが恋しいのだ。焼け焦げたように点々と電球に張りつく虫を見ながら、俺はいっそう異物になっていく思いだった。ここにいる誰もが、帰る家があり、それぞれ立派な家庭を築いているのだ。そう考えると、自分がひどく欠落した人間のように思われた。辺りを柔らかく包み込んでいる灯りの中に、足を踏み入れることが躊躇ためらわれた。俺は光の輪の隙間にできた暗い陰を選んで人波を縫うように進んだ。
 焼きそば、お好み焼き、ベビーカステラ、リンゴあめ……立ち並ぶ定番の屋台を横目で見ながら、俺はあてもなく歩く。綿菓子、ヨーヨーつり、色とりどりのキャラクターの面……ふと足を止めたのは射的の店が出ていたからだ。顔を真っ赤にして奮闘している男の子を、周りを取り巻く見物人が勝手なことを言って笑ったり励ましたりしている。
 唐突に、俺はただ一度、おやじと一緒に祭りに来たことがあったのを思い出した。どういう気まぐれだったのか、通りすがりにちょっと覗いただけだから、そんなに長居はしなかったはずだ。覚えているのは、玩具の銃を持たされた射的の屋台だ。あまりに下手くそな俺に焦れて、「貸してみろ」と銃を取り上げ、瞬く間にいくつかの景品を仕留めた。おやじの笑顔を見たのはそれが最後だったかもしれない。
 当時の俺と同じくらいの年格好の男の子は、何度か失敗したあとに、ようやく的をかすめたところだった。見物人はどっと沸いた。ますます熱の入った男の子は、それまで大事に握りしめていた全財産の小銭を台の上に置いて銃を構え直した。一段と声援が大きくなり、皆が男の子に注目したときだった。
 人垣からそっと突き出された手が小銭の上に伸びた。骨張った手が引っ込んだときには小銭が消えていた。素人だ、と俺は踏んだ。いい大人が子どもの小遣いに手を出すなど世も末だ。さりげなく見物人の輪から離れて立ち去ろうとする男を、俺は素早く追った。そして追い抜きざま、男のポケットから財布を抜き取った。
 財布の中身は不景気なものだった。少し多めの小銭を男の子に気づかれないように返してやったら、残りは募金箱にでも放り込んでおこう。
 きびすを返そうとして、ぎょっとした。古くから顔馴染みの老刑事が立っていた。
「あの子に返してやるのか」一部始終を見ていたらしい刑事は、じっと俺の目を見て言った。
「俺がそんな善人に見えるか?」この場をどう切り抜けるか、忙しく頭を巡らせながら、俺はとぼけてみせた。
「まだ駆け出しの掏摸すりの頃からおまえを追ってるんだ。おまえがやりそうなことは大概わかるさ」老いた刑事は皺を深くして笑った。「窃盗団を抜けたらしいな。連中が躍起になって探してる」
「俺はもう時代遅れだ。引退を考えてるよ」
「そりゃ何よりだ」
「まあ、こうして最後におまえさんに捕まるのも縁だな」
「いやあ」老刑事はぽんぽんと軽く自分の首を叩いた。「逮捕はせんよ。一度くらい気まぐれを起こしたところで罰はあたるまい」
 俺は老刑事の真意を図りかねて黙っていた。
「孫の小遣いを取り返してくれたんだから」
 それを聞いて俺は笑い出した。頭上ではずらりと並んだ提灯が風に揺れ、盆踊りの太鼓の音が夜空に響いていた。
(了)