第22回「小説でもどうぞ」選外佳作 新しい祭り 山河東西
第22回結果発表
課 題
祭
※応募数242編
選外佳作
新しい祭り 山河東西
新しい祭り 山河東西
大雨の中、十人ほど乗れる施設の白いワンボックスカーで通所してきた利用者は、カッパやビニール傘が窓際に干してあるじめじめしたフロアで、司会の安岡のほうを見てパイプ椅子に座っていた。
二つの風呂で順番に十六名が入浴する。私は入浴介助ではなかったが、次に入浴する利用者が呼ばれたら風呂場まで誘導する係であった。
今日は雨のせいか、二名欠席である。待っている間に、七月の海の日に行われる施設の夏祭りの出し物について利用者の意見を聞くことになったのだった。
安岡が、どなたか意見はありますか、と問いかけると、七十過ぎの木田という女性が、聞いてほしい、というように真っすぐに手を挙げた。安岡が指名すると、パイプ椅子に座ったまま髪を紫色に染めている木田氏は、すべての人が楽しめるお祭りにしたい、とはっきり口にした。
安岡は私より一回り若いが、もう三十三歳で前に私と一緒だった特別養護老人ホームの勤務年数を合計すると十一年くらいの経験がある。私は彼よりもあとから職員になった。安岡は九年特養に勤務したあと今のこのデイサービス施設に異動になった。私は彼が出てから二年後、特養以外ならどこでもいいと思って異動願いを提出したが、また安岡と同じ施設で勤務することになった。
「夏祭りっていっても、小さいこども向けみたいなやつでしょう。手遊びとか童謡とか、そんなのはもうやりたくないの」
安岡はむっとした顔も見せずに冷静に、どういう内容がいいですか、と丁寧に聞き返した。
木田氏は、まず多様性を実現するような内容にしたいから、一人一人に得意なことを聞いてほしいと訴えた。安岡は他の十三人に得意なことややりたいことを尋ねた。彼は利用者から出された太極拳、花のイラスト、書道、ヨガ、エイサー、カラオケ、などの言葉を大きなホワイトボードに書き出した。紫の髪の木田氏は朗読がしたいということだった。
「みなさんがそれぞれ活動している後方で私は朗読したいと思います。Bとか、Sとかの文章、知ってますか?」
安岡は、いえ、知りません、それはなんですか、と老婆に聞き返した。私は
安岡がホワイトボードに朗読、と付け加えると、老婆はやっぱり詩がいいかなあ、といい出した。安岡は穏やかに、詩という言葉も書いた。わがままな婆さんに合わせている安岡は辛抱強い男だと思った。前は配送会社でこきつかわれていました、残業代もなかったですといっていたことがあったが、そのときに忍耐力を身につけたのだろうか。
「おれは盆踊りがいいな、とにかく」
黙って聞いていた八十過ぎの田畑という爺さんが細かいことはどうでもいいというように手を挙げながらいった。木田氏は爺さんの顔は見ずに、皆、自分がやりたいことをやればいいんですよ、それがあたしのいいたいこと、とまた一人で意見を述べている。安岡がそれまでに出た意見をまとめて、発表時間は四分以内なので、その中で山口さんは太極拳を、石塚さんは書道を、富村さんはヨガを、市橋さんはカラオケを、木田さんは朗読を、田畑さんは盆踊りを、と役割を決めた。
「四分間、それぞれが自分のやりたいことをやり続けて、そのバックで木田さんが詩か何かを朗読している、そんな感じでいいですか?」
安岡は木田氏の顔を見てから、助け舟を求めるように私の顔を見た。しかし私だってどういう発表がいいかはわからない。彼は座る位置や踊る場所などをホワイトボードにマーカーで描いた。利用者がその場所に移動すると、一度やってみることになった。
「音楽が重なると聞こえなくなるので、踊りやダンスは音なしでいいですか」
しばらく一人一人が自分の動きを考えた。木田氏は今日持ってきているドイツ詩人の小説を朗読することになった。安岡がスタート、と
木田氏はドイツ詩人Rの長編小説を朗読したが、歌謡曲のカラオケと炭坑節の声にかき消されて何をいっているのかわからない。安岡が大丈夫ですか、と声をかけると、木田氏はこれでいいの、とだけいって読み続けた。十一時前なのに外は薄暗く、梅雨の雨が強めに降り続いている。
(了)