第22回「小説でもどうぞ」選外佳作 探し物のコツ 秋あきら
第22回結果発表
課 題
祭
※応募数242編
選外佳作
探し物のコツ 秋あきら
探し物のコツ 秋あきら
祭りの翌朝に神社に行ってみるといいと教えてくれたのは、照夫だった。祭りの翌朝は、夜店が並んでいた参道に小銭が落ちているというのだ。
「朝一番に行くってことも大事だけどさ、探し方も大事なんだぞ。コツがあるんだ」
そう言って得意げに鼻の下をこすっていた。
「お前にだけは教えてやるからさ、明後日の秋祭り、一緒に行こうぜ」
ボクは一も二もなく頷いた。近所に住む二歳年上の照夫は、友人であり、師であり、兄だった。体も弱く学校も休みがちなボクには、照夫の教えてくれる世界が全てだった。
照夫が言うには、肝心なのは祭りの晩に店をしっかり観察しておくことらしい。
「お前、一番金が落ちてるのは、どの店の周りだと思う?」
照夫はまるで教師のように腕を組んでボクに顎をしゃくった。
「そりゃあ、あてものじゃないの?」
「やっぱ三年生の考えることはその程度か。ガキは百円玉を必死に握りしめてくるからな、意外と落とさないもんなんだ」
自分だってガキのくせにと思ったけれど、ボクは何も言わなかった。
「じゃあ、どの店なら落ちているの?」
「そんなの、食いもんの店に決まってら。それも賑わってるやつ。大人が大勢順番待ちしているようなのが一等いい。大人はせっかちだから、よく落とす。相手の行動を読むんだ」
だから祭りの晩に、どの店が一番繁盛していたのか見極めておいて、翌朝早くにその店があった付近を真っ先に探すというのがコツらしかった。しかし、当時喘息を患っていたボクは、祭りのような人ごみに出かけることは許してもらえなかった。ところが翌朝の方は、すんなり許可が出た。ジョギングを始めたいという言い訳を父は疑わず、体を鍛えるのにちょうどいいと快諾された。おかげで朝のジョグは今でも日課になっている。
秋祭りの翌日は日曜で、霧の立ち込める冷えた朝だった。
「遅い、遅い。早く行かないと、他の奴らに先を越されちゃうだろ」
待ち合わせの四つ角で、照夫は足踏みしていた。ボクたちは小走りで神社を目指した。
やがて霧も晴れ、道の先に朱塗りの大きな鳥居が見えてきた。そこから拝殿までの四百メートルほどの参道が、夜店の出ていた場所だ。この道の両側に、ぎっしりと夜店が並ぶ。
「夕べは楽しかったんだぞ。お前も来れたらよかったのにな」
照夫は迷いのない足取りで進んでいく。
「フランクフルトの店がすごかった。大人も子どもも大勢並んでさ……ほら、あの辺だ」
照夫が示したのは、手水舎のすぐ隣だった。
「おっと」
いきなり屈んだと思ったら、照夫はもう百円玉を一枚拾っていた。
「ほら、お前の足の下、それ十円だろ」
「えっ、あっ、わあ、ホントだ」
草の根元や落ち葉の下に、十円玉や五十円玉が本当に落ちていた。それからボクたちは参道を何度も往復して、照夫は三百二十円、ボクは三十円見つけた。そのほとんどは、確かに手水舎のそばに落ちていた。しかし労力に見合わないその金額に、ボクは嫌気がさしていた。
「ねえ、照ちゃん、もう帰ろうよ」
「おいおい、まだとっておきが残ってるんだ」
照夫は手水舎を指さした。屋根と柱だけの囲いの中に、岩をくり抜いた水盤があり、そのふちに竜の飾りが乗っていた。竜の口から水が吐き出されて、水盤に注がれている。
「あれがどうかしたの?」
照夫はずかずかと竜に近づくと、水を吐き出している口の中に指を二本突っ込んだ。
「照ちゃん?」
やがて引き出された指の間には、五百円玉が二枚も挟まれていた。
「うわ、どういうこと?」
驚くボクに、照夫は鼻の穴を膨らませた。
「へへへ、店からかっぱらったんだ。バレそうになって、ここに隠しといたんだ。な、楽しいだろ。来年は、お前もやろうぜ」
照夫はそう言ったけれど、結局あれから一度も祭りには行けなかった。小学校も高学年になると、体はいくらか丈夫になったが、塾や習い事に忙しく、地元の祭りに行く時間はなくなった。中学も私学に進んだボクは、やがて照夫に会うこともなくなった。
その後、照夫は町でも評判のワルになった。ボクは大学を出て警察庁に入庁した。二年の交番勤務を経て、今年警部になった。
「警部、予測通り手水舎にクスリが」
部下の報告に、ボクは神妙に頷いた。祭りの晩に、あの神社で取り引きがあるとの情報を得た。張り込みをし、取り押さえられた容疑者の中に、照夫がいた。捕まえたとき、照夫は手ぶらだった。
捜査のコツは、相手の行動を読むことだ。
(了)