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第23回「小説でもどうぞ」佳作 純粋な趣味 白浜釘之

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作文・エッセイ
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結果発表
第23回結果発表
課 題

趣味

※応募数267編
純粋な趣味 
白浜釘之

 古い友人から連絡があった。
 先日、同窓会を開催した際にメールを送ったのだが、それの返信を忘れていたことと、新しい趣味に没頭していたため出席できなかったことに対する詫びが簡潔にしたためてあった。
 私は彼に呆れたり怒ったりする前に彼が没頭しているという趣味について非常に興味をそそられた。
 同窓会でも話題になっていたが、かれは非常に多趣味で、かつストイックにそれを突き詰めるところがあった。
 学生時代に友人に誘われギターを始めたのが彼の最初の趣味だった。
 元来器用で物事にのめり込む気質の彼はたちまちその楽器をマスターし、すぐに校内でも一、二を争うほどの腕前となった。その腕を見込まれ音楽サークルの先輩からバンドのメンバーに誘われた彼は、さらに腕を磨きコンテストで優勝するまでとなった。
 バンドのメンバーたちはプロを目指すことも考えたようだったが、彼はあくまで自分は趣味としてギターをやっているだけだ、とバンド活動と同時にギターもやめてしまった。
「あれはもったいなかったよな。続けていればいっぱしのミュージシャンになれたかもしれないのに」
 同窓会の席上でも旧友たちが口を揃えて言っていたが、
「それよりも学園祭でクレープ屋をやってからお菓子作りに凝って、そのあと創作菓子コンテストで優勝したんじゃなかったっけ?」
 そうだ、そんなこともあった。クラスの女子たちに自作のケーキをふるまっていたりしたうちは彼も楽しそうだったが、ケーキショップが彼のレシピに対価を払うから商品化させてくれ、と来た時にはあくまで趣味だから、とタダでレシピを渡しケーキ作りもきっぱりやめてしまったのだった。
「女の子と話す機会が増えたから、ナンパに目覚めてガールハントばっかりしていた時期もあったよな。あれは大学生の頃か」
 そうそう。もともと顔も良かった彼は「これなら純粋に自分だけが楽しめる」とナンパを趣味にしていたのだが、その数が三桁を超えたあたりから周囲の友人たちにその手法や女の子との会話術なんかを聞かれるようになり、やがてその方法を就活の面接に応用したい……などと学生たちに言われるようになる頃には彼もこの趣味に興味を失っていた。
 彼はその後も競馬やパチンコなどのギャンブルを趣味にしては大金を稼ぎ、人に教えを請われるようになるときっぱりとやめ、走ることに生きがいを見出しジョギングからマラソンへとステップアップしてやがて市民マラソンで入賞するまでになり、マスコミに取材されるようになると逃げるようにそれもやめてしまったりした。
「飽きっぽいんだろうね。何でも器用にこなすんだから一つのことに集中すればその道の専門家になれるだろうに」
 旧友たちは口々にそう言ったが、私は彼が何かの専門家になるつもりはなく、ただ純粋に趣味を楽しみたいのに周りが騒ぎ立てて困るのだということをよくこぼしていたのを知っていたので、彼らの意見には曖昧に頷くことしかできなかった。
 趣味を内緒にしておけばいいだろうに、と彼に忠告したこともあったが、ちょっと他人と親しくなるととりあえず趣味の話をしてしまうのが人間というものだし、その際に趣味を秘密にしておくのもおかしな話だ。そんなことを考えながら彼が教えてくれた家に向かうと、はたして広い庭に彼の姿を見つける。
「よお、久しぶり」
 一心不乱に大きな石を磨いていた彼は、私に気づくとそう言って笑いかけてきた。
「新しい趣味ってのは、石像を作ることかい? いい作品ができたらまた周りが新作を作れってうるさくて純粋に楽しめなくなるぜ」
 私がそう言うと、
「違うよ。ただ大きな岩を削って消滅させることだよ。もう一年以上も続けているんだ」
 彼はそう言うと私に一枚の写真を見せた。
 そこには現在彼が削って……磨いているのではなくただ削っていただけらしい……いる石の倍ほどの大きさの岩が写っていた。これを今の大きさまで小さく削ったということか。
「すべて削り終えるにはどれくらいかかるだろうな」
 彼はそう言って瞳を輝かせた。確かにこんな無意味な趣味なら誰からも呆れられて何かを求められることもないだろう。
 そう思っていたら数日後、『すべてに意味を求める現代社会へのアンチテーゼか? 岩を削り無に帰す行為に没頭する芸術家』という見出しで彼のことがニュースで紹介されていた。戸惑った表情でインタビューに答える彼を見つめながら、私はこの現代において純粋に趣味だけを楽しむことはもはや不可能なのだとあらためて考えさせられたのだった。
(了)