公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第29回「小説でもどうぞ」選外佳作 それってあなたの癖だよね たなかしゅと

タグ
作文・エッセイ
小説でもどうぞ
第29回結果発表
課 題

※応募数288編
選外佳作 

それってあなたの癖だよね 
たなかしゅと

 私は他人の癖を見抜くのが得意だ。
 例えば、私の前の席で授業を聞いている前川くんは、授業の内容が分からないときには、右耳たぶをつまんで、揉んだり上に引っ張ったり外向けに伸ばしたりする。そして、右耳に触れるのは、意外なことに左手である。彼は決して右手では右耳に触れないし、左手で左耳を触ることもない。授業中は、右手でペンを握っているからなのかとも思ったけど、左手が塞がっている時でも、左手をあけて右耳たぶに触れるのだ。やりにくくないのだろうか。
 例えば、私の右手の列で二つ前の席の右近ちゃんは、先生にあてられると必ず髪を耳に掛けてから答える。そして、自信があるときには、左耳に髪を掛けて、自信がないときには、右耳に髪を掛ける。自信があるときに間違えると、髪をはらりと払うけれど、自信がないときに正解すると、掛けた髪の毛をもどして、指にくるくる巻き付ける。逆なんじゃないかと思うけれども、そんなところがお茶目だと思う。
 例えば、私の席から二つ左の列で、なおかつ三つ後ろの席の後藤さんは、シャーペンを解体してはもとに戻して、解体してはもとに戻して、たまにバネを飛ばしてしまう。ゴム製のグリップを変形させたり、シャー芯で刺したりもしている。驚くことに、彼は同じペンを何度も何度もいじっている。何本かあるうちの一本を選んでいるんじゃなくて、いつも同じ青色のシャー芯の透けたシャーペンなんだ。青色のグリップは黒くなっていて穴も開いている。他にシャーペンを持っていないのかな。あ、言い忘れてた。でも、後藤さんのシャーペンについてる消しゴムはまっさらなんだよね。ふしぎ。
 先生にだって癖はある。先生はいつもこれからあてる人のいる方向とは、逆の方向を向いて私たちの誰かを指名する。右を向いて左の子を指名して、近くを見ながら遠くの子をあてるんだ。たぶん、それをやり初めたときにはフェイントになっていたんだろうけど、もう習慣になってしまって誰も騙すことはできてない。
 あと板書の音が大きいのも癖だ。けど、これもたぶん、生徒の注意を引こうとしてできた癖なんだと思う。先生自身もその理由を忘れちゃってるかもしれないけど。だって、もうすぐ定年退職だし、この先生。

 ふー、やっと休み時間。とんとんと肩をつつかれて、振り向くと、机から乗り出し気味な後呂ちゃんがいた。いた、と言っても、私の後ろの席だから当たり前なんだけど。彼女は話をするとき顔が近い。内緒話じゃなくても、こそこそしゃべる。それが彼女の癖で、そこが彼女の良いところ。
「どうしたの?」と私が問えば、彼女はもっと距離を詰めてくる。
「あのね、中谷さんって、いろんな人をじっと見る癖があるよね。どうしてなの?」
「え……」
「あ、気づいてなかったんだね。ごめんね。気にしないで」
 彼女はそう言って、困った顔を離し、いつもよりも足早に教室を出ていった。
(了)