公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第10回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 自分宛ての手紙 千波RYU

タグ
作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第10回結果発表
課 題

さだめ

※応募数276編
 自分宛ての手紙 
千波RYU

 〈三十年後のあなたへ〉
 そんなタイトルで将来の自分に宛てて手紙を書かされたのは小学六年のときだ。卒業式の翌日、思い出の品々と一緒に宇宙船みたいな形の銀色のタイムカプセルに詰め込まれ、校庭に埋められた。
 母校はすでに廃校となり、カプセルを埋めたことも手紙を書いたことも記憶から消えていた。だから前触れもなく自宅に届いたそれを読んだときの驚きは例えようもなかった。色褪せた原稿用紙二枚に鉛筆でびっしりと書かれた手紙には、僕の三十年間の人生が信じられないほど正確に記されていたのだ。
〈ぼくはいま十二歳。この手紙を読んでいるあなたは四十二歳ですね。いまの自分に満足していますか。そんなわけないか(笑)〉 
 そんな文面で始まる手紙の文字は、いまと同じ極端な右上がり。記憶はなくても、書いたのは僕に違いなかった。
 そのあとには、とても満足はできないであろう自分の未来が淡々と克明に綴られていた。まるで他人の過去を振り返るみたいに。
 高校、大学はおろか就職先まで一致していた。さらに〈二歳年上のバリバリのキャリウーマン〉と結婚し、三十二歳で娘二人の父親になったこと。三十九歳で札幌に単身赴任し、胃潰瘍で入院したことも……。そして末尾には〈あなたの人生は四十三回目の誕生日を迎えることなく終わる〉と記されていた。
 読み進むうちに僕は金縛りにあったみたいに動けなくなった。呼吸も心臓も止まってしまいそうだった。これは悪戯いたずらだ、僕をよく知る悪友が面白がって書いのだ――何度もそう思おうとした。だが、そこには僕にしか知り得ない秘密が散りばめられていた。
 夜遅く帰宅した妻に見せると、「これを小学生のあなたが書いたって? すごい予知能力じゃない」と冗談めかして笑った。
「悪いけど、あなたの人生、小学生でも簡単に想像できちゃうほど単純でワンパターンってことなのかもね」
 僕だってそう思いたい。でも幼い頃から計画性も行動力もない自分に、三十年先をこれほど正確に見通せる能力が備わっていたとは思えない。「これを書いたのは僕じゃない」と涙目になって訴えた。
「じゃあ、だれが書いたっていうの? あなたの経歴をつぶさに調べ、あなたとそっくりの文字でこんなことを書く暇な人がいる? それこそ非現実的よ」
 何より恐ろしいのは最後の一行だった。もし的中したら、僕の余命は三か月ちょっとしか残されていない。
「あっ、わかった」甲高い妻の声が深夜のリビングに響いた。「小学生があなたの将来を言い当てたんじゃなく、その逆よ。つまり小学生が思い付きで書いた通りの人生をあなたが実現させたのよ。見事なほど忠実に」
 そんなバカな……と首を振る僕に、妻はドヤ顔で続けた。
「書いたのはあなた。そしてその内容はずっと脳内にインプットされていた。あなたは気付かないうちにそれを一つ一つ実行に移してきた。そういうことなんじゃない?」
 確かに、あり得ないことではない。そうであれば一応説明もつく。
「だから、この先の未来は自分で書き換えちゃえばいいのよ。子供の悪戯に最期まで律儀にお付き合いする必要はないでしょ」
 僕は妻の言葉を信じ、三十年後の自分に宛てて手紙を書いた。いわば七十二歳までの未来予想図だ。
 僕はアマゾンで購入した小さなカプセルとその手紙を携え、母校の跡地へと向かった。手紙を入れたカプセルは一本だけ残る桜の老木の根元に埋めた。三十年前と同じように。
「これからの三十年もよろしくお願いします」と僕は心から祈り手を合わせた。

 そして迎えた四十二歳最後の日――。
 朝から極度の緊張で食欲もなかったが、「気晴らしにおいしいものでも食べようよ」と妻に誘われ、近くのレストランへ向かった。
 一番高いランチセットを注文し、フィレ肉を頬張ろうとしたときだった。建物がぐらりと揺れ、天井の照明が激しく音をたてた。地震だ。急いでテーブルの下に潜り、妻の肩を抱き寄せながら、これが僕の末路か……と覚悟を決めた。
 だが揺れはすぐに収まった。その拍子に、ふと気付いた。僕の誕生日は二月二十九日。四年に一度しかないから、そもそも四十三回も迎えられるわけがないのだと。
 ――なんだ、そういうことか。いかにも子供が思いつきそうなジョークじゃないか。
 テーブルの下から這いだし、妻に笑いかけたとき、天井から巨大な照明器具が落下し、僕を直撃した。痛みを感じることもなく次第に意識が薄れ、妻の悲鳴が遠のいていく。やがて僕は無の世界に吸い込まれた。
(了)