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第10回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 さだめは変えられる? 紅帽子

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第10回結果発表
課 題

さだめ

※応募数276編
選外佳作
 さだめは変えられる? 紅帽子

「今年の夏も、めっちゃ暑いっすね」
 毎年毎年、夏になるとこういう話題になる。
「片桐、おまえどっち選ぶんだよ、結局」
 仕事帰りの飲み屋で、俺は職場の後輩に尋ねた。彼は焼き鳥を口に含みもぐもぐ言った。
「そうっすね、『さだめ派』に入ろうかなって、最近思うようになりました」
 俺は吐息をついた。
「おまえまで、なんだよ。みんな『さだめ派』になだれ込んでいくのか」
「先輩はあいかわらず、『反さだめ』っすか」
「まあな、ここで諦めるのも癪じゃないか」
「でも、先輩……」
「いや、まあ待て。俺の話を聞け」
 たしかに、毎年地球の温暖化が進み、日本では五十度を超えるような町が続出している。
 高校野球では夏の甲子園という言葉が消えた。負けた球児たちは泣きながら京セラドームの人工芝を刈り取って帰るのが習わしだ。
 温泉に入るという言葉も死語となった。「なあ、思い切ってお盆休みは冷泉でも行くか」「イエーイ」というやりとりが一般的だ。
 世の中こう暑くなると、どうでもいいような投げやりな思想が世界的に流行り始める。
「あーちち、あーちち」とずいぶん前に流行った郷ひろみの歌を一日中歌って暑さをやり過ごす『アーチッチ教』。朝から水風呂に入り、冷酒を飲み、もう一度朝寝しろと説く『オハラショースケ教』。「わたしたちの行いが悪うございました。神さま」とひたすら謝り続ける『ごめん教』。様々な思想や宗教が離合集散を繰り返し、大きく二つの派に分かれることになった。一つはどうにもならない現状を運命として受け入れる『さだめ派』。一方が、なんとしてもこの現状に抗い、なんとかしようとする『反さだめ派』である。
「しかしね、先輩」
 と片桐は豚キムチを頬張りながら言った。「いったい、どうしろって言うんすか。このまま俺たちはこの星の下で死ぬしかない、さだめっすよ。何をやったって」
 片桐が絡んでくる。
「実はな、俺このまえ小耳に挟んだんだけど」
 俺は彼の耳元で小声で囁いた。「ロケットを飛ばす計画があるらしい」
「ロケット、ですって?」
「シーッ」
 俺は人差し指を口先に当てた。「大きな声を出すな」
 かなり酔っ払った片桐が目の焦点もうつろのまま笑い始めた。
「へへへ、ロケット? それが、反さだめ派の抵抗ってわけっすか。へへへ、笑える」
 俺はグビッと焼酎をあおって言った。
「大きなロケットだ。何発も飛ばすらしい。時間の許す限り」
「ばかばかしいっすよ。この地球を離れてどこにロケットを飛ばすって言うんすか」
 今度は涙くみながら言った。「先輩、数字に強いから聞きますけど、今って、西暦何年でしたっけ」
 俺は手帳を繰りながら言った。さすがに覚えていられないのだ、手帳を見ないと。
「4503012025年だ」
「え、何度聞いても覚えられねえっす。ええっと、45億3百1万2025年っすか」
「ああ、そうだ。そろそろ太陽の寿命も尽きかけている」
「だからあんなに太陽が膨らんで地球に近づいている。暑くなるのもしかたねえ」
「そうだな、今のままどんどんデカくなって、木星軌道上まで膨らむらしい」
「確認しますけど、太陽から近い順に、水、金、地、火、木、土、天、海……」
「そうだね」
「じゃ、地球は……」
「呑み込まれるさ(笑)」
「そのあとも、どんんどん膨らんで太陽系いっぱいになるとか」
「いや、木星あたりで太陽の膨張は終わり、今度は縮むって話だ」
「て、ことは……。土星まで逃げれば、なんとかなるかも、ってこと?」
「そや(笑)」
「だから、ロケットを飛ばすの? 人間乗せて、土星まで」
「そやねん(笑)」
「俺、主義変えます。今まで、地球と運命をともにするのがさだめって思ってたけど」
「そや、さだめは変えられるんや」
「でも、俺たちって、四十五億年以上も生きているなんて、すごくないっすか?」
「ああ、何度か危機があったけどな。生き残るのに必死に頑張ったんだよ、俺たち人類は」
「先輩、俺デザート注文たのんでいいっすか」
 土星に見立てたドーナツがカウンターに二つ置かれた。片桐は泣き笑いしながら土星の輪ドーナツを口いっぱい放り込んだ。
 俺はスマホを取り出した。土星行きロケットの予約を二席注文するために。
(了)