第11回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 善意の第一人者 煌餅
第11回結果発表
課 題
善意
※応募数253編
善意の第一人者
煌 餅
街角法律相談会の帰り道、かっぱを拾った。
「先生も、お人好しですねえ。いくら可哀想だからって、いまどき、河童なんて連れ帰る人いませんよ。危なっかしいし」
事務所に戻ると、パートさんが困り顔でそう言いつつ、給湯室の棚から粗品でいただいたタオルの束をどっさり持ってきた。
「この子、寒いのよ、きっと。とりあえずこれで包んでおきましょう」
手慣れた様子で、かっぱの世話をする彼女の姿に感心する一方で、さてこれからどうやって育てていこうかと先を案じた。愛玩動物の類いは、夜店で
「ひょっとして、飼ったことあるんですか?」
なにげなく訊ねると、河童の皿に水をやりながら彼女は笑った。
「私が若い頃なんかはね、そこらじゅうに野良河童がいたんですよ。都会育ちだとご存知ないかもしれないけれど、今でも山村にはフツーにいるはずです。ま、子河童は
「なるほど、参考にしてみます。しばらくは事務所に置いておこうと思うんですが……」
「あら、そう! 縁起がよくていいじゃない、この子なら可愛いし私も大歓迎よ」
その日を境に仕事中心の生活が一転、かっぱファーストの日々がはじまった。本や動画を調べ尽くし、河童共生セミナーにも足をはこび、独り身ながらも我が子同然に愛情を注いだ。
かっぱは意外とおとなしく、執務室の片隅で遊ばせておいても、業務に支障はなかった。喋りも鳴きもしない。ただ、ニコニコと朗らかにしている。だからむしろ、事務所を訪ねてくる相談者や依頼者の心を和ませるのにうってつけだった。
「久しぶりに見たなあ、河童なんて。名前は?」「かっぱ、です」「そうか、いい名前だ」
「お行儀いいのねえ、いま、おいくつ?」「半年ってとこですかね」「まあ! 可愛い盛りね」
しばらくすると「信頼できる」「親身になってくれる」「腕もいい」などの評判がたちまち広がった。街角へ出向く暇もないくらい繁盛し、スケジュールは面談と調停で埋まっていった。訴訟を未然に防ぐのが売りである。弁護士でありながら、裁判沙汰は性に合わなかった。
そんなある日、裁判所から自分宛てにたどたどしい訴状が届いた。
『……ひ告は、げん告に対し、とにかく子を返せ。いしゃ料もキュウリ一生分払え。ゴメンナサイもしろ……』
明らかに、素人が書いたもの――いや、河童が書いたと
こちらとしては寝耳に水である。冷静でいることは難しかった。なぜ、河童が人権を振りかざすのか? そもそも、どうして河童が現代社会に馴染んでいるのか? 真面目に考えれば考えるほど、くらくらする。判例を調査しようにも、河童が訴訟を起こすのは前代未聞らしい。ただでさえ思考がままならない中、準備不足な状態で期日を迎えた。
結果は全面敗訴。究極の負け戦だった。血縁で結ばれた親元で過ごすのが、心身の健全な発達に資すると判断されたのである。
法廷を水浸しにしながら傍聴していた河童一族の勝ち誇った表情が、脳裡に焼き付いて離れない。それもそのはずだ。民間伝承によると河童には寿命がないらしく、つまりは一生涯、彼らを胡瓜で養い続けなければならないのである。へたな詐欺師よりたちが悪い。
ほんとうに、なにも知らなかった。いわば〈善意の第三者〉だった。でも、あの日かっぱを拾ったことに後悔はない。たとえあれが巧妙に仕組まれた罠だったとしても――。
かっぱとは、もうお別れだ。成長してゆく姿を間近で眺められないのは残念だが、売上拡大に伴い増床したとはいえ、雑居ビルの一室より里山の川淵のほうが河童に
(了)