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第11回W選考委員版「小説でもどうぞ」発表 高橋源一郎&今村翔吾 公開選考会

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小説でもどうぞ
結果発表

選考会では両先生が交互に感想を言い合い、採点しています。作品の内容にも触れていますので、ネタ割れを避けたい方は下記のリンクで事前に作品をお読みください。

1981年『さようなら、ギャングたち』でデビュー。すばる文学賞、日本ファンタジーノベル大賞、文藝賞などの選考委員を歴任。

1984年、京都府生まれ。2017年、デビュー。2022年『塞王の楯』で直木賞受賞。2024年、日本ドラフト文学賞創設。
撮影:小松士郎

世の中に存在しない
言葉だから、
なんだろうと思う
結末へと畳み込む
タイミングが上手
―― 最初の作品は「善意銀行」(藤岡靖朝)です。

高橋どこかの婦人がお金を落とし、それを拾ってあげると、善意銀行のマネージャーに声をかけられ、善意を貯めるとあとで交換できると言う。その後、主人公はサイフを落とし、善意を下ろそうとしたが下ろせない。善意を預ける人より引き出そうとする人のほうが多く、善意銀行が破綻してしまったからという風刺です。
 なかなか面白かったですが、逆にこんなにきれいにオチていいのかなと。上手と言えば上手ですが、それをいいと思うかどうかですね。僕はこの上手なのが嫌味に感じました。△ですね。

今村僕は○ですね。うまいことオチをつけてまとめている。星新一の劣化版のようではありますが、新人と考えたら達者なほうです。上手だと思います。

高橋すごく上手で、破綻もない。あと、ユーモアがありますね。

今村枚数をよくわかっていて、ストーリーの急カーブというか、結末へと畳み込むまでのタイミングとかは非常に上手ですね。最後に善意銀行のマネージャーと偶然会うのは長編では嫌われますが、掌編では全然あり。この思いきりのよさがいい。よくまとまった作品だと思います。

―― 2番目は「最中もなか婚」(西森有)です。お見合いで品なく一口で最中を食べたら、相手も最中を一口で食べてむせる。そのダサさに思いやりを感じるという話です。

今村微妙にこなれていると感じました。惜しいのは「二オクターブ」「高級そうな茶菓子」など、表現を読み手に投げっぱなし。本当に書いてほしいところを書かずに、どうでもいいところに枚数を割いています。
 ただ、オチとしてはわからないでもなく、ショートショートの体はなしていますので、△プラス……いや、○マイナスにします。

高橋「最中婚」というタイトルがいいですね。世の中に存在しない言葉だから、なんだろうと思う。そうしたセンスも含めていいなと。お見合いの席は一昔前の昭和のホームドラマみたいな感じがあり、36歳の真理は39歳のずんぐりむっくりのタジマさんをダサいと思いますが、最後はそのダサさがいいとなります。かわいくて好感が持てますね。△プラスです。

―― 3番目は「制服譲ります」(若林明良)です。

高橋知り合いの家の娘が高校に合格したので、制服を譲ってほしいと。主人公は嫌だと思いますが、偶然、その子と会い、見ると実にかわいいし、性格もいい。しかも、家が急に貧しくなり、アルバイトすると言っている。結局、最後はケーキ代とコーヒー代も「ここはお姉さんに払わせなさい」と言う。純粋善意で嫌だなと思う人もいるだろうなと感じる一方で、僕はこういうのに弱い。だから、評価は○なんですが(笑)。

今村僕は逆ですね(笑)。

高橋やっぱり(笑)。

今村いい人を書くのであれば、そっちに目がいかないようにする工夫が欲しかった。たとえば、冒頭に「いつも『お姉ちゃんでしょ』」と言われて嫌だったと書いておき、最後の「ここはお姉さんに払わせなさい」というワードが冒頭のエピソードにつながるようにしてくれたら評価は一気に跳ね上がるんですが、オチとしても弱いかな。それと〈やばい、ますますかわいい〉や〈ああ、マジでかわいい〉はもったいない。枚数が限られているのだから、もっと球をうまく使ってほしかった。
 僕の小説にもいい人はたくさん出てくるのでよくわかりますが、いい人でいこうとすると苦労します。評価は×です。

突拍子もない
ところに投げて、
解決させる
悪意の話を善意にする
力業がすごい
―― 4番目は「ひとつかみの善意」(ともみ)です。

今村訪問介護ヘルパーの女性が、亡くなった老人の現金七百万円を持ち帰るという話です。これはまあまあ面白い。最後に老人を裏切りますが、しかし、老人はそれを受け入れていて、最後にお小遣いを譲れてよかったと。
 よく練られた話ですが、もったいないよね。この枚数でこれだけ仕掛けられて上手なのだから、お金を盗み出すところはぬるっとやらずに、ヒットするポイントギリギリまで引っ張ってパーンと裏返るところを作ってほしかった。評価は△プラスです。

高橋これで善意を書こうとは普通は思わない。老人のタンス貯金を盗んでしまうという悪意の話となってもおかしくなかったのに、これを善意にしてしまう力業がすごい。もう一歩足りない感があり、△プラスにしましたが、素材次第では○プラスにもなる。だってこれは善意がない話だから。とてもチャレンジングな作品です。

今村新人はそれぐらいのほうがいい。伸びていく可能性があるのかなという感じがします。

―― 5番目は「善意の第一人者」(煌餅)です。

高橋これは要するに言葉遊びなの?という感じがしました。河童の子どもを拾って育てていると、河童の両親から訴えられて敗訴する。「善意の第三者」という法律用語を仕掛けに使い、それに河童の話を絡めたという考え抜いた作品ですが、そんなに面白い話かな。法律用語の「善意」を持ってきた着眼点はいいですが、作品としてはうまく結実しなかった。△マイナスです。

今村僕は○ですね(笑)。

高橋え? ○なの?(笑)。

今村確かに後半のしぼみ方はひどいですが、この枚数で河童がいる世界観を説明しきったのには感心しました。状況説明は理路整然として上手であり、世界観を構築する速度がある。
 釣りにたとえると、僕は遠くにルアーを投げる人が好きなんですが、突拍子もないところに投げて、それなりに解決させている。そこが僕の評価ポイントです。
 ただ、この作品はもうちょっと枚数がないと。スタートの立ち上げがめちゃめちゃうまいのに、詰めがめちゃくちゃ下手で、その急降下に驚きました(笑)。

―― 6番目は「偽悪」(静輝陽)です。サタン族とデビル族のハーフが人間界に家出して、eスポーツをするという話です。

今村評価は△にしましたが、一番才能らしいものを感じました。
 ただ、ちぐはぐなんですよ。葛藤の強さとかはすごく面白い。しかし、「デーモン族の閻魔えんま大王」と言われると首をひねってしまう。掌編なのに読み手を止めてしまう感じがある。コウモリは白い鳩、狼は白い犬に化けますが、これはもっと悪魔みたいなやつでもよかった。悪魔なんだから何を食べてもいいのに、食べられることに引っ張られすぎて、ちぐはぐなんです。発想に関しては非常に面白いのですが、その処理の仕方と細部にはもうちょっとこだわったほうがいいと思いました。

高橋僕もこれはすごく面白くて、△プラスです。特に前半部分は快調で、悪魔の話から人間界の話になり、人間に化けてeスポーツを選択するテンポは天才的だよね。コウモリと狼を従えて人間界に行き、なんの停滞もなくどんどん変化していくのはすごい。途中まで完璧。ところが、最後、eスポーツで負けたやつが堕天使になったあたりから停滞感が……。

今村そもそもeスポーツであった必要があるかどうか。書きたい方向性が間違っています。書きたいテーマに引っ張られるのはいいですが、書きたい描写に引っ張られたら破綻する。ただ、この方はバーンと跳ねる可能性はあるのかなという潜在能力を感じました。

名作のパロディーは
何か新しく付け加え
ないと難しい
もうちょっと冒険し、
予想を裏切りたい
―― 7番目は「善良な人」(渡鳥うき)です。

高橋姉の日記帳を盗み見た妹が、姉は善良ではないということをバラしたいという話です。姉は母親のヘソクリから2万円抜きましたが、その中からワイヤレスイヤホンが欲しい妹に1万円上げています。姉は悪意の人なのか、善意の人なのか。姉がどういう人物かわからなくて納得感もないので、△マイナスです。

今村母親から盗むのはよくないが、妹にとってはいい結果に終わり、それならば善意とは?という複雑なことをやりたかったようですが、僕も×寄りの△マイナスです。日記を読んでいたら剣呑けんのんなものになっていってやばいとか、本当に人を殺すんじゃないかと思ったら誤解だったとか、もっとぞっとさせるか、ぞっとさせておいて安心させるか、どっちかですよ。裏切りも落ち着きもない。もっと冒険してほしかったですね。

―― 最後は「ただ本当の話……裸の王様ほか一篇」(白浜釘之)です。

今村「裸の王様」のパロディーが途中から「シンデレラ」に変わったとすぐにわかってしまい、驚きもありません。裏切りは大きく設定しないとちょっときついかな。童話を下敷きにするのはハードルが高い。桃太郎でパロディーをやるのなら鬼目線でやるとか、それぐらいの仕掛けか裏切りを必要とします。僕は×です。

高橋名作のパロディーですよね。パロディーを書くのは大変なんです。覚悟して書かないと。
「シンデレラ」のところで結末がわかってしまうと、残りを読むのがつらい。「裸の王様」と「シンデレラ」で二つやって強化しようという計算だったと思いますが、逆でした。やればやるほど最初の衝撃が薄まります。僕は△です。

今村二つ走らせるならラストの5行で交錯し、ダブルの驚きを与えないと。「これ、『シンデレラ』でもあったんだ」と思う構成にしないとパロディーは難しい。

高橋元の話をどれだけの人がパロディーにしているか。それを前提に何か新しく付け加えないと。オリジナルを書くよりパロディーを書くほうが難しいんです。

―― 今回は激戦でした。合計3点が3作品ありますが、今村先生が○をつけたのが「善意銀行」と「善意の第一人者」です。

今村新人文学賞でもそうですが、可能性にかけるか、完成度で選ぶかですね。潜在能力を感じたのは「ひとつかみの善意」「善意の第一人者」「偽悪」でしたが、まとまりのよさでいうと「善意銀行」ですかね。

高橋もちろん、異論ありません。

―― ということで、「善意銀行」を最優秀賞にしたいと思います。