第11回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 善良な人 渡鳥うき
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第11回結果発表
課 題
善意
※応募数253編
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渡鳥うき
姉の日記帳は私の愛読書だ。不在のときに机の引き出しからこっそり取り出して読むのを密かな愉しみにしていた。
見つかるかもしれないスリル。モラルに反することをやっている背徳感。誰にも言わない姉の秘密を垣間見る喜び……。いけないと思いつつも、一度その楽しみを覚えたらやめられず、すっかり習慣化していた。
布製のハードカバーの表紙の日記帳には、びっしり文字が並んでいる。毎日毎日よくこんなにいっぱい書き留めているなと感心する。昨日の日記はこうだ。
11月12日
コンクールまであと一週間。まだ完璧な演奏をできた試しがない。バンマスの私の責任でもあるのでなんとかするしかない。トランペットのみきが毎回遅れる。真後ろなのですぐに分かる。何度注意しても直らない。正直ほかの誰かと替えてほしい。本当に嫌になる。
強豪校の吹奏楽部部長で、コンクール間近なのにうまくいかない姉の悩みが二ページに渡って連ねてあった。友人関係の葛藤や生意気な後輩への愚痴。部長の責務が辛くて辞めたいという嘆きに、つい私の口は緩む。
お姉ちゃんも案外大変なんだ。仲良さそうなのに実はこの人ウザかったんだね。えっ、この男子のこと好きだったの?
混じりっ気なしのドキュメンタリーにわくわくする。私だけが知ってる優越感。食卓の横の席ですまして座る姉に、勝手に哀れんだり励ましたりするのが愉快でたまらなかった。
四つ年上の姉は勉強もできて見た目もまあまあの優等生。生真面目な性格で両親にとっては自慢の娘だった。二人姉妹で上の出来がいいと、そうでない妹は地獄でしかない。
私はかなりの劣等生。背も小さく目立たない風貌で、しかも勉強が不得意。姉が首席で入学した中高一貫の女子校の受験に失敗し、地元の中学校に通っている。校内でちょっとバカにされてる演劇部に所属していて、唯一発表の場は文化祭のみ。コンクールなどエントリーもしないのでなんの成績も残してない。
親からすれば当然姉のほうが可愛い。私は特に問題は起こさないが、喜びさえ生まない無の生き物。子供がステータスとなる親の名誉欲に一切貢献しておらず、逆に「言いたくない」に属していた。親戚の集まりで、褒める材料が豊富な姉がちやほやされる
けれど姉は一度も私を見下したりせず、いつも味方でいてくれた。演劇部の発表の前は「頑張って」と激励し、勉強も教えてくれる。まだ誰も知らないコンテンツを姉から伝授されるおかげでクラスで最初に振りまく中心にもなれた。
妬ましいが姉のことは好きで感謝もしてる。日記を読むのは自分も姉の味方になりたいからだ。人の悪口を絶対言わない「いい子」過ぎる姉の内心を理解したい。同時に、ここにだけ記される黒い本心に慰められるのだ。
だがある日、引き出しに日記帳がなかった。部屋の隅まで物色したが出てこない。学校に持っていったのかは分からないが、盗み見がばれたのでは?とドキドキした。
姉の態度になんら変化はなかったが、私は怖くなって、しばらく姉の部屋に入らないようにした。
二週間ほどおいたが、再び悪い癖が発動した。姉の不在時に机をまさぐると日記帳はいつもの場所にあり、さっそく
すると昨日の日付のページに二万円が挟まっていた。え?と思いつつ読み出すと、そこには衝撃の内容が書いてあった。
お母さんのヘソクリから二万円抜いた。
たまにはいいよね。欲しいもの買おう。
ヤバ。私は慌てて閉じて引き出しに戻した。冷や汗が滲み、部屋を出てゆく足が震えた。
その夜だった。母が神妙な顔をして私の部屋に来て
「ちょっといい?」と聞いた。
「あんた、和室のタンス開けた?」
母はお金を盗んだのは私と疑っていた。ちょうど一週間前にワイヤレスイヤホンが欲しいとねだって断られていたからだ。
私を犯人と決め付けてる母の追及はしつこかった。姉の日記帳に挟まれた二万円が頭の中を駆け巡るが当然言えはしない。泣きじゃくりながら否定し、自分の持ち物を全て見せて潔白を主張すると、母は渋々の様子で分かったと言い、部屋を出た。
開いた扉の隙間に見える人影。姉だった。母は姉に何か告げてから一階へ降りた。遠のく足音と入れ違いに姉は私の側にやってくると、にこりと微笑んで一万円を差し出した。
「これでイヤホン買いなよ」
優しさに満ちた笑顔。嗚咽の止まらぬ私は「……ありがとう」と一万円を受け取って、ぐいと涙を拭った。姉はいつもの姉だった。たおやかな瞳には善良な光が爛漫と輝いている。
(了)