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第11回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 善意と誠意 あらいゆう

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第11回結果発表
課 題

善意

※応募数253編
選外佳作
 善意と誠意 あらいゆう

「おめえ、善意をみせろ」
 相手の言葉に首を捻った。
(善意じゃなく、誠意なのでは)
 だが、口にすれば火に油を注いでしまう結果になるのはわかっていた。相手は眉間に皺を寄せて、怒っていたのだから。
 それはまさに「憤怒」の典型例だった。
「ここで善意をみせろ、今ここでだ」
 相手の言葉にまた首を捻ってしまう。
 明らかに相手は「誠意」と「善意」を間違えて使っている。
 かといって、それを訂正したらきっとプライドを傷つけてしまう。そうなれば、私も無事ではいられない。
 昔だったら小指を切断して終わりだったかもしれないが、今はヤクザでさえそんなことはしないらしい。
 もっとひどい、残忍な、卑劣なやり方で相手を痛めつけると聞いたことがあるから。
 それでも、どうしても聞いてみたくなった私。
「あのう」
「なんだ、言いたいことがあるんだったら聞いてやる。言ってみろ」
 ごくりと唾を飲む。相手にもきっと聞こえだろう。
「善意って……なんですか」
 すごんでいた相手の表情が、少しだけ和らいだ。
 私を「ものを知らない馬鹿な奴」と思っているのは、上からの目線でよくわかった。
「そうか。お前はそんなに馬鹿なのか。仕方ねえなあ、教えてやるよ。善意ってのはなあ」
 そこで相手が止まってしまった。
「善意ってのは、だ。つまり、簡単に言えば、だ」
 相手はますます困っている様子だった。
「オレの口から教えてやるなんてもったいねえ。子分に言わせてやる。おい、ギンジ」
「へい」
「こいつに、善意ってやつを教えてやってくれ。わからねえらしい、こいつ。馬鹿だからさ」
「わかりやした、兄貴」
「兄貴」はそう言うと、どこかに行ってしまった。
「ギンジ」と呼ばれた男は、ヤクザらしくない、スーツをびしっと決めたサラリーマンのような出で立ちだった。
(こいつは賢そうだ。ちょっと面倒くさいかもしれない)

「ああ、あった。いいか、よく聞いてろよ。善意ってのは、だ。結果的によいことが生じるようにと、いつも何かにつけて心の中で思っていることだ。わかったか」
 大したことはない。相手はスマホで検索した内容を読んだだけだった。
 からかいたくなった私は、首を横に振った。
「私、馬鹿だからわからないです。もっとわかりやすく解説してもらえませんか」
 ギンジは困った表情を浮かべた。
「わかんねえのかよ。困ったな。オレもこれ以上、説明できねえしよ」
 やっぱりと思った。
「ギンジ」と呼ばれた男も、「兄貴」と呼ばれた男もしょせん大したことはない。
 二人とも教養がないのは確かだった。
「だったら、これを教えてください。善意と誠意はどう違うのか」
「なんだって。善意と誠意だって。誠意ってちなみに、どうやって書くんだ」
 私は砂が散らばっている地面に指で「誠意」と書いた。
「へえ、これで誠意っていうんだ。初めて知ったぜ」
「ギンジ」はまたスマホで検索をかけ始めた。
「あった、あった。誠意ってのはだ、まじめにものごとにあたる気持ちだってさ」
「つまり、善意と誠意はどう違うのか、教えてください」
「えっと、つまりだ。えっ、なんだって。善意をみせろじゃなくて、誠意をみせろっていうのが正しいんだ」
 そこへ偶然「兄貴」が戻ってきた。
「兄貴、兄貴は間違ってましたぜ。兄貴は『善意をみせろ』って言ってましたけど、正しくは『誠意をみせろ』です。オレ、今調べてわかったんです」
 とたんに、「ギンジ」の顔面に拳が一発、叩きつけられた。その後、「ギンジ」は襟首を掴まれて、兄貴に連れ去られてしまった。
「善意」と「誠意」。相手が間違えても指摘するな。
 私は深く胸に刻んでいた。
(了)