第11回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 みんなの声 あおやまままさし
第11回結果発表
課 題
善意
※応募数253編
選外佳作
みんなの声 あおやまままさし
みんなの声 あおやまままさし
五階建てのビルの屋上で四十代の男が叫んでいる。この会社で自分がどのような扱いを受けてきたかを、実にまとまりなく叫んでいた。時折口に含む缶ビールは、これから飛び降りる恐怖感を紛らわせるためと、酒の勢いを借りなければこのようなことが出来ないであろうという、小心者である本性が誰の目にも分かった。
十分もすると、当然大勢の人が集まってきた。
ビジネス街ではあるが、お昼時ということもあって道路を挟んだ向こうの歩道も人でごった返していた。もちろん、そうなるよう期待を込めて彼はその時間帯を選んでいたのだが。警官が落下予想地点辺りを中心にブルーシートで目隠しを作り、立ち止まらないよう交通整理は始まっていたが、それでも彼を見上げる人はどんどんと増えていった。
ここで集まった人たちの頭の中を覗いてみよう。
彼の勤務先の会長・柴田英は、すぐに入るであろう監査や調査を面倒に感じ、
専務の池谷松雄は、責任の所在を常務に収めるべく頭の中で絵を描きながら、
常務の糸井美津子は、もっと指導の仕方とケアを考えていればと悔やみ、
部長の柴田光輝は、父に言って他部署への配置替えを早く提案すれば良かったと思い、
課長の嶋田久は、警察はさっさとアイツをひっ捕まえろと心底面倒に思い、
同僚の菊池栄進は、先日の飲み会で様子が変だったことを気付けなかったことを悔やみ、
同僚の寺本修吾は、あいつには飛び降りる根性なんてないだろうと思い、
同僚の山田寺男は、飲み会の四千円をまだ返してもらってないと思い出し、
同僚の春田涼美は、あぁ遂にやったかと思い、
同僚の島野鮎子も、あぁ遂にやったかと思い、
同僚の谷本さくらは、あいつの話を一番聞いていたのは寺本だったと思い、
後輩の廣部順平、千葉ららは、この会社はヤバイかもと思い、
後輩の北条茂雄は、あんな良い人は他にいないのに!と思い、
後輩の宮部太郎は、あまり知らない先輩なのでどうでもいいと思い、
タクシー運転手の佐藤龍平は、下に停めてある自分の車に落ちないことを祈りつつ、
ビルのオーナー宮田哲弘は、不動産価値と保険を心配し、
高校生の三田村一平は、ただ無心に心配し、
高校生の河合恵子は、理由などはないが死ぬことはないと思い、
ビデオを回す谷村伝介は、この動画はテレビ局に高く売れるだろうから、自分の声が不謹慎なものでないようにと考えながら、
ビデオを回す寺崎美幸は、この動画はバズる!と思いながら、
ビデオを回す木本桜美は、映画みたいだとワクワクしながら、
ビデオを回す迫田千賀子は、友達と盛り上がるネタになるだろうからと考えながら、
ビデオを回す佐々木一は、動画の販売先には自分の名前は伏せてもらうと決めながら、
ビデオを回す方南健吾は、人が死ぬところが見られるかもと興奮しながら、
ビデオを回す杉下正志は、みんなが撮っているのでもったいないと思いながら、
ビデオを回す小松原里美は、みんなが撮っているので一応と思いながら、
ビデオを回す浅川美智子は、みんなが撮っているのでなんとなくと思いながら、
ビデオを回す後藤良平は、まるでドラマや映画みたいだと思いながら、
ビデオを回す堂本竜二郎は、飛び降りるなら早くしろと思い、
主婦の工藤森子は、仕事だけが人生ではないと思い、
会社員の玉田鉄平は、勇気のある人だなぁと思い、
会社員の楠木正恭は、まじめだなぁと思い、
会社員の太田敏明は、馬鹿なことはやめろ!と思い、
会社員の木俣ふみこは、やっぱりこの会社はブラックだったんだ~と思い、
会社員の杉本都は、嫌いな連中のために命を捨てることはない!と思い、
会社員の阿部智明は、自分もあぁなっていたかもしれないと思い、
会社員の大森寺心は、死ぬ気もないのに迷惑だなぁと思い、
会社員の栗沢七海は、自分でもどうしてそんなことをしているか分からないと思いながらも……。
彼らは口々に「やめろ!」「考えなおせ!」と叫んでいるが、だれの声が彼の心に響き、彼がどの選択をするのかは、まだ分からない。
(了)