第12回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 神さまからの贈り物 中島咖哩


第12回結果発表
課 題
贈り物
※応募数234編

中島咖哩
「今晩、雨だって。コウちゃん知ってた?」
ソファで
僕は霧島航平。今は犬だけど、元々は人間だった。でも、五歳のときに車に
僕が死んでからというもの、お父さんとお母さんはいつも泣いてばかりだった。お父さんは仕事中もボンヤリしているし、お母さんは、ご飯が食べられなくなっちゃうし……。
「ダイエットしなくちゃ」お母さんの口癖。今は骸骨みたいだから、必要ないけれど。
昔のお母さんは確かにちょっと太っていた。僕はそんなお母さんが大好きで、いつも抱っこをせがんでいた。お母さんは温かくて柔らかくて、そして良い匂いがした。
僕はもっともっと、二人と一緒にいたかった。だから僕は、何度も神さまにお願いしたんだ。二人のところに戻りたい、お願いしますって。でも神さまはなかなか許してくれない。僕は意地になって通い続けた。
(しつこいと言われようが、構うもんか)
ある日、神さまはとうとう根を上げた。僕の粘り勝ちだ。でも、神さまは、
「生まれ変わりは一度きり。それと人間にはなれません。別の生き物です」と言った。
(別の生き物? うーん……、でも、二人のところに戻れるなら、まぁ良っか)
「辛い思いもするかもしれませんよ。本当に良いですか?」と、念を押された。
そのときの僕は、深く考えずに頷いた。
僕の返事を確認すると、神さまは、
「皆にとって最高の贈り物になりますよう」と言って、微笑みながら消えてしまった。
覚えているのは、ここまで。目が覚めたとき、僕は犬の「コウ」に生まれ変わっていた。
コウは二人が新しい家族として迎え入れた愛犬で、当然、コウが航平の生まれ変わりとは知らないわけだ。
僕を飼い始めてから、二人は徐々に元気になった。お父さんとは毎日散歩に出掛けた。お母さんとは毎日、お喋りしたり、昼寝をしたり。僕は犬の生活を楽しんでいた。
ある晩、遅くに会社から帰ってきたお父さんは、スーツ姿のままソファに腰を掛けた。いつもは「皺になるのが嫌だから」と、着替えてから座るのに、今日はそのままだった。「コウちゃん、ただいま~」お父さんからはお酒の匂いがした。
お父さんは僕の身体を撫でながら、おもむろにポケットからスマホを出して、動画を見始めた。水族館で撮ったものだった。航平はジンベイザメのあまりの大きさに驚いて、泣きながらお母さんの脚にしがみついていた。
そのとき、僕の鼻先が濡れた。見上げるとお父さんが泣いていた。突然で驚いた。けれど、僕にはどうすることも出来なかった。
気づいたら、お母さんも横に立っていた。
お母さんは腰を下ろすと、お父さんの髪をそっと撫で始めた。丁寧にゆっくりと。何度も何度も。
「ごめん……」お父さんは手の甲で涙を拭いながら一言、呟いた。
物音ひとつしないリビングで、航平のはしゃぎ声だけが響いている。二人は無言で画面を見続けていた。どのくらいの時間が経ったのだろう。やがてお母さんは、
「……一度で良いから航平に会いたい……」と、お父さんの胸に顔をうずめて肩を震わせた。
(僕はここだよ。生まれ変わって、帰ってきたんだよ)
どんなに叫んでも、僕の声は二人に届かない。心にぽっかり大きな穴が開いた。そして僕は気づいた。あのとき、神さまが言っていたのは、このことだったのか……。
あれから十年。僕はもっと辛いことがあることに気づいてしまった。
犬の寿命は人間よりずっとずっと短い。僕は人間でいうと八十歳。立派なおじいさんになっていた。寂しいけれど、もうすぐ二度目のお別れをしないといけない。
あぁ。お父さん……、お母さん……。
僕は、お父さんとお母さんの子どもに生まれて本当に幸せだったよ。航平だけじゃなくて、時々はコウのことも想い出してね。
今日は朝からお父さんもいる。お母さんが抱っこしてくれている。気持ちいいなぁ。
何だか眠くなってきた。
お父さん……、お母さん……。
遠くに見覚えのある顔が見える。近づくと神さまが微笑んでいた。
(了)