第12回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 不幸のギフト 浦川大正


第12回結果発表
課 題
贈り物
※応募数234編

浦川大正
「これは不幸のギフトです」
そんな冗談みたいな文句が書かれた手紙とともに、おれの部屋に奇妙な箱が届いた。
ひどく寒い日だった。
手紙の文章は気になるが、とにもかくにも中身だ。おれは外よりも寒いボロアパートの一室で、バカバカしいほどに重厚な造りの箱を開けた。中身はハムの塊だった。
続けて手紙を読む。
「これを受け取った人は、同じものを一週間以内に三人の人に送らなければなりません」
不幸のギフト。その意味を理解しておれは転げた。手紙にはご丁寧に注文用のQRコードまでついていて、キャッシュレス決済にも対応しているらしい。くだらないイタズラにずいぶん手間をかけていると思ったら、差出人は「福丘ギフト」という会社らしかった。
世も末だ。
「このギフトを止めてしまったAさんは、残念ですがハムにされてしまいました」
おれは読む価値もない手紙を放り捨て、ハムの確保に移った。
手口はしょうもないが、ハムは上物だった。長らく無職を続けているおれは、親の遺産の運用益を限りなく切り詰めながら生活している。もやし主体の食卓に、今日はみずみずしい肉が追加された。
真夜中に玄関の戸を叩く音で目が覚めた。
せんべい布団から這い出し、音源に目を向ける。薄い戸には多数の拳が繰り返し叩きつけられ、今にもこちらに倒れてきそうだ。
わけもわからず、とりあえず窓から逃げようと思ったが、カーテンを開けたすりガラスの向こうに何人かの姿が見えて、おれは戦慄した。
取り囲まれている。なぜ?
借金も、恨みを買った覚えもない。
「オラァ! ハムにされてぇか!」
玄関からドスの効いた声がして、そこでおれは思い出した。
そうだ。不幸のギフトだ。期限の一週間が過ぎたんだ。
おれは慌てて手紙を探し出し、スマホのカメラを起動すると、震える手でQRコードを読み込んだ。
表示されたウェブページには、三人分の名前と住所を入力する欄があった。
戸を叩く音はいよいよ強くなっていく。おれは覚悟を決め、画面をタップした。
「オラァ! ハムにされてぇか!」
玄関側の怒声を遠くに聞きながら、おれはターゲットが逃げないように窓に背を向けて立っている。
「やあ、初めて見る顔ですね」
隣のおじさんに話しかけられ、おれは目深に被った帽子のつばを上げた。
「あなたは何箱でギブアップしましたか?」
質問の内容でだいたい察した。ここにいる連中は、みなギフトを送る相手がいなかったようだ。箱の数を訊いているので、自分にギフトを送って苦しい時間稼ぎをしたやつは他にもいるらしい。一箱3000円だから、初回なら9000円で済むしな。
「6561箱」
おれの答えに、おじさんの顔が驚愕にゆがんだ。
「……なんで?」
「なんでもなにも、どうしようもなかったからですよ」
おれが必死に守ってきた親の遺産は、雪だるま式に増えるハムにすり潰されて消えていった。おれは降伏し、いまは何の因果か、こうして福丘ギフトの一員として働いている。
不思議なことに怒りはない。肩の荷が下りたというのが率直な感想で、結局のところおれは、あの生活を破壊するなにかを待っていたのだと思う。
まさかハムとは思わなかったが。
「実はですね」おじさんはにこやかな表情に切り替えて言った。「ここで一緒に働く仲間には、共通点があるんですよ」
「なんですか?」
「ウソの送り先を書かなかったこと」
「書いていたら?」
「さあ。ハムにされるんじゃ?」
笑えない冗談だ。
「まあ、意外と悪くない職場ですよ。人を陥れず、自ら溺死することを選んだ人たちばかりですから」
「どうですかね……」
言いながら、おれはどこかホッとしている自分を認めていた。
後日聞いた話によると、不幸のギフトは社会的孤立者の就労支援事業の一種だという。
そんなバカな、と思いつつも、それで社会復帰ができたおれは苦笑いするしかないのだった。
(了)