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第12回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 生死ガチャ 八村こういち

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第12回結果発表
課 題

贈り物

※応募数234編
生死ガチャ 
八村こういち

「ただいま……」
 前の夫から荷物が届いた。ガチャマシーン。コインを入れてガチャガチャと回すと玩具入りのカプセルが出てくるあのマシーンだ。
 今の夫が色とりどりの球体カプセルが詰まったマシーンを段ボール箱から取り出し、テーブルの上に据えた。
 私は、一緒に入っていた手紙を取り出すと声に出して読んだ。
「約束のものを送ります」
「籍を入れたその日と結婚記念日にこのガチャマシーンを一度回して、出てきたカプセル内の薬を二人で飲んでください。それが離婚を承諾する条件でした。マシーン内には二十個のカプセルが入っています。そのうちの一つには飲めば即死する毒薬が入っています。新たな門出を迎える二人が一年一年を大切に生きられるよう、私からの贈り物です。どうかご幸運を」                     
 以前の結婚生活に不満があったわけではなかった。子供には恵まれなかったが、もうすぐ定年を迎える真面目で優しい前の夫とは、このまま平々凡々な老後を過ごすのだろうと考えていた。
 それを裏切ってでも結婚したい相手ができるとは思ってもみなかった。偶然再会して深い恋仲になった相手は、高校時代に半年だけ付き合った人。初めて心から好きになった同級生の人だった。
 簡単には離婚を承諾しないであろうと予想していた。家も財産も全て渡して身一つで出ていく覚悟はあった。私の心が離れていることをすでに気づいていた前の夫は、別れは避けられないと知ってこの突拍子もない条件を提示してきたのであった。
 これくらいの試練はあっていい。これくらいの試練があればこそ幸せを求める権利が得られる。そんな気がして、私はこの条件を受け入れた。後悔はない。約束も守る。
 この決断を話すと今の夫は言った。
「僕はすでに六十年も生きてきて、十分に幸せな人生だった。それなのに、もっと幸せになりたいという我儘わがままを通そうとしている。君と一緒ならいつ死んでもかまわないという気持ちだし、運が良ければ八十まで生きられるってことだから。その挑戦、受けて立つよ」
 夫は段ボール箱の底にあったビニールのジッパーバッグを取り出すと、その中に入っていたコインの一枚を取って、マシーンにセットした。
「最初から当たりは引きたくないね」
 少し声が震えているのがわかる。
「回すよ」
 ガチャガチャガチャと音がして、コトンとカプセルが出口に落ちてきた。赤いカプセルだった。中を開けると錠剤が2錠。夫が一錠をつまみ、私が差し出した手のひらに置いた。
 私は用意していた赤ワインを二つのグラスに注いだ。グラスを持って私たちは息を合わせて錠剤を口に入れ、ワインで流し込んだ。沈黙が続いて、降っていた雨音が窓から届いた。大丈夫。何もない。
「乗り超えたようだね」
「そうみたいね」
「さあ、これから一年、人生を楽しもう」
 夫はワイングラスを少し突き上げて、私に乾杯を催促した。
 その後も私たちは、この生死をかけたガチャを毎年回し続けた。そして精一杯、人生を楽しんだ。それは十九回続いた。
 結婚二十年目を迎えたその時にマシーンから出てきたのは、金色のカプセルだった。これまでは、赤、青、緑とよくあるカプセルの色だったのに。やはり最後は毒薬の入ったカプセルなのか。
 一瞬の出来事だった。夫は取り出した錠剤を二つとも口に含んで立ち上がり、赤ワインをラッパ飲みした。
「あっ! ええっ!」
 驚きの声を上げる私を一瞥して、夫はそのまま膝から崩れてうつぶせに倒れてしまった。
 慌てて夫に駆け寄る私に、割れたカプセルから筒状に丸められた小さな手紙が転がり落ちてきた。
 毒薬はやめて媚薬にしました。これで天国に逝ってください。
 手紙には前の夫の字でそう書かれていた。
 倒れたはずの夫が申し訳なさそうに起き上がると、膝立ちになって鼻息荒く私の胸に顔を押しつけてきた。
(了)