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第12回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 機械の体 ササキカズト

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第12回結果発表
課 題

贈り物

※応募数234編
機械の体 
ササキカズト

「二十歳のお誕生日おめでとう」
 ベッドの横に母が鏡を持って立っていた。
「すごいでしょう、最新の機械の体よ」
 なんてことだ! 鏡に映った僕は、肌がメタリックで人形のような顔だ。
「TX-05型よ。憧れてたでしょ」
 憧れてはいない。母が社長をしている会社の新型なので、憧れているふりをしただけだ。
 脳以外をすべて機械の体にする。2050年代に入ってからかなり普及し、今や日本の約六割の人々がそうしている。大学でも半数以上の生徒が機械の体だ。だが僕はまだ、機械の体になりたいとは思っていなかった。
 油断した。寝ている間にやられるとは……。
「私たち二人からの贈り物よ」
 母の横には、母の会社の専務で、機械の体の開発者でもある男が立っていた。三日前に母と結婚した男だ。僕の父親ではない。
「ちょっと手を動かしてごらん」
 父親気取りの嫌な笑顔で男が言った。僕は横になったまま右手を持ち上げた。
「……重い」と、発する口も重かった。
「まだ動きを制限しているからね」
 僕は、顔と右手しか動かせず、体を起こすこともできない状態だった。
「あ……ありがと……」
 ぎこちない笑顔を作り僕は言った。最悪な気分だが、喜んでいると思わせたかった。
 僕の本当の父親は二年前に死んだ。機械の体の故障で死んだことになっている。でも僕は、父は殺されたんじゃないかと疑っている。
 父も機械の体の開発者で、母が経営者となり、二人で今の会社を立ち上げた。だがここ十年くらいは、経営方針の違いでよく言い争いをしていた。目の前にいるこの男が専務になってからは、両親の仲は最悪となった。おそらく母はこの男と浮気をしていたのだろう。母の言動でなんとなく察しがつく。
 母とこの男が結託し、機械の体の故障を装って父を殺したのではないかという思いは、母が再婚してますます強まった。だがそう確信できるような証拠がなかったのだ。
 僕は母たちとの関係を良好であるように装って、なるべく二人の近くにいるようにし、色々探っていたのだが、どうやら気づかれたようだ。僕も父と同じように、機械の体の故障に見せかけて殺されてしまうのだろうか。
「新しい体は気に入ってくれたかい?」
 小さなレンズのついた検査器具で僕の眼を覗き込みながら、母の再婚相手は言った。
「う……ん。すご……く、うれしいよ」
「だめだわ。この子、嘘ついてるわ。嘘つくとき右下を見る癖があるのよ。機械になっても癖って出るのね」
「そうだった。そもそもその癖で、俺たちを疑っていると気づいたのだったな」
「それより記憶の植え付け、失敗したのね。顧客の満足度を上げる植え付けは失敗したことないのに、なぜこの子は満足しないの?」
 記憶の植え付け? 父が開発に反対していた違法なものだ。密かにやっていたのか。
「俺たちを疑う気持ち……死んだ父親への思いが強いんだろうな。もっと強力に植え付けよう。脳の破壊ギリギリまで」
「仕方がないわね……」
 男が手に持っていたリモコンのようなものを僕に向けて押そうとしている。
 叫ぼうとしたが、思ったように声がでない。
「……ああ……ああ!」

 僕は毛布を跳ねのけて体を起こした。リビングのソファーでうたた寝していたようだ。くつろいでいた両親が驚いて僕を見た。二人の顔を見て思い出した。そうだ。母は半年前に再婚していたのだった。新しい父は、僕のお気に入りの機械の体を作ってくれた人だ。
 どうしてあんな夢を見たのだろう。僕は寝直すために、リビングから自分の部屋に戻った。ふと、自分が壊れた腕時計をしていることに気づいた。死んだ前の父が、高校の入学祝いにくれた贈り物だ。通学中に落として何も表示されなくなったデジタル時計。引き出しの奥にあったのを見つけて、なんとなく付けていたのだ。
 僕は腕時計の修理をしてみることにした。大学で少し知識を身につけたのでわりと簡単に直せた。リセットされたカレンダーを進めると、僕の二十歳の誕生日で日付が止まり、パスワード入力画面になった。当時父と決めた文字を入力すると文章が表示され始めた。
『これは君が二十歳の時点で父さんが死んでいる場合に発動する。高校生の君には酷と思い、二十歳の誕生日に発動するようにした』
 なんだ、これは?
『殺人の証拠データがこの時計に入っている』
 殺人? まさか父さんの?
 父からの贈り物の時計には、母と再婚相手の陰謀の詳細が表示され続け、さらに、記憶の植え付けの解除方法までが記されていたのだった。
(了)